「かづゑ的」  熊谷博子監督インタビュー

 「(映画の)完成は急がないでいただきたい。私に見せようなんて思わないでください」と劇中で、主役のかづゑさんが監督に言われるのに驚いた。とかく情報の動きが早い昨今、こんなことを言う人は珍しい。彼女は一体どんな人なのか。ハンセン病は、長い間日本では全ての患者を療養所に収容するという隔離政策がとられてきた。療養所に収容されていた人達の暮らしは、今、回復者はどんな想いを抱いておられるのか?ハンセン病回復者の宮崎かづゑさんを捉えたドキュメンタリー「かづゑ的」の熊谷博子監督にお話を伺った。

【Q】 本作で監督は、宮崎かづゑさんの日常の中から、普遍性のある話を引き出しておられますね。撮影では長回しを多用しているのも特長です。
【熊谷監督】 長回しの理由の一つは、かづゑさんって、いつ何を言うかわからないからなんです。油断もスキも無い。ずっと黙ってて、ふいに凄いことを言うじゃないですか。途中でそれは切れませんね。たとえば外ではね、帽子をかぶって、サングラスかけているし、表情もそんなには見えないから、普通はもたないんです。ところがかづゑさんって、ずっとカメラの方を向いていて、何か、わかっているんですよね。全体表現とでも言うか、体から表現されるものがあると思ったんです。私達はそんな彼女を、決して突き放すワケじゃなくて、カメラで遠くから見つめる、抱きしめながら撮影する、みたいな感覚でいましたね。

【Q】かづゑさんが監督に、ご自身の本「長い道」の音読をしてもらったり、機関誌に載っている文章を音読してもらうシーンで、凄く嬉しそうにされるのがとても印象的でした。
【熊谷監督】 単純にかづゑさんは、読み返せないわけですから、内容を忘れちゃってるところがあるんですよ。「長い道」というエッセーでもそうなんですけど、いつも彼女はそれほど、自分が大したことやってるつもりが無い。〝この本のどこがいいのかわかんないわ〟って、ずっと言い続けています。ああいうところも凄いと思いますね。

【Q】私たちが考えないといけないことの一つに、ハンセン病回復者の高齢者さんだということがありますね。第九を聞きに行かれるエピソードの中で〝本にサインしてください〟と、かづゑさんが歌手の方から言われるハプニングがおきます。かづゑさんがなかなかボール・ペンを持てないシーンは、ハラハラしながら観ていました。
【熊谷監督】 あれはもう単にね、かづゑさんって、指が無いとかいうことを、普段、日常的に全く感じさせない人なんですよ。何でも自分でされるし、出来ないことは明確に出来ないって、おっしゃいます。それで、あの時点で私は、かづゑさんに指が無いのだということを、全く忘れていたんです。歌手の方が本を持ってらっしゃることも知らなかった。突然、いろんなことが起きて、何でかづゑさんはサインしないんだろう?と思い、「かづゑさん、サインしたら?」って言ってしまったのが、あのシーンです。私がボールペンを出して、付き添っていた看護の方が髪を縛ってたゴムを手に巻き付けて、かづゑさんが書き始めた。かづゑさんが書き始めた時点で、私、彼女は指が無いんだってことを思い出したんです。でもあの時、彼女は「じゃあ、やりましょうか」っておっしゃいますよね。出来ない、とおっしゃらず、とにかくやってみようとされる。一緒におられたのが、かづゑさんが凄く信頼してらっしゃる看護師の方で、とてもしっかりサポートしてくださったんですよね。

【Q】かづゑさんが本作の中で「お風呂を撮ってね」と言われたのは、熊谷監督を心から信用されたからですね。監督の過去の作品の一貫性も含めて、とにかく全幅の信頼を置いていないと、あり得ないと思いました。
【熊谷監督】普通、お風呂を撮らせるって、何回か撮影した後とか、何年も撮影した後、だと思うんですが、あれは撮影2日目だったんですよね。2015年にかづゑさんにお会いして、本作を撮ると決めて、その1年後から撮影を始めるんですけど、その間の1年間、私は全くかづゑさんとお会いしてないんです。2016年9月にになって、スタッフ達と、じゃあ始めましょう、となりましたが、その時点で何を撮ってもらうか、ということが、多分かづゑさんの頭の中にはあったんでしょうね。スタッフにはハンセン病に詳しい者も居ましたが、これまでは、どんなにお話を聞こうと思っても、家にあげてもらったことは無いと聞きました。今回は、1日目からかづゑさんが、面会者用の宿舎を取ってくれて、そこに泊まりました。撮影1日目に、カメラマンを紹介したら、「あ、私、美人に撮ってね」と、カメラマンに一言。それから撮影に入ったら、何故、これまで外部の人の取材を断っていたのに、私たちを受け入れるのか、聞かないといけない。そしたら、ああいう答えでした。今後かづゑさんのインタビューの中で、絶対にハンセン病のことは出て来るわけだから、映画前半で明確にしとかないといけないな、ということもありました。ただ、撮影の時、1日目に私たち、かづゑさんたちの部屋に上がり込んで宴会をしてるんですよね。「お風呂を撮ってね」は最初にカメラマンに言われた。多分かづゑさんは勘がいいから、スタッフの関係性をわかっていたのだと思います。このスタッフは誰に言っても、情報を共有してるんだろう、ってね。現にスタッフの関係もそうだったんです。初日はかづゑさんの信頼している(第九の時の)看護師さんも来てくださって、その他にも信頼している人達がたくさん居た、ということもあるんですけど、2日目はお風呂のシーンの撮影でしたが、その時もかづゑさんから、看護の方にきちんと話をしてくださったんで、看護の方も凄く納得して、私たちの方もきちんと撮影出来ました。最初から不思議なことにバリアが無くて、とても珍しいケースだったと思います。いつも、突然いろんなことが始まる現場でね。ICレコーダーの作文吹き込みのエピソードも、けっこう凄いんです。かづゑさんが「明日、吹き込むから撮ってね」って。「吹き込み?えっ?何それ?!」って(笑)。それで、あのシーンなんです。納骨堂のシーンも、突然、朝、「納骨堂に行きたい」って言われて始まっているし、スープのエピソードも、「いついつ、スープ作るわよ」みたいな・・・。何かこう、かづゑさんがやりたいと思うことをやっていって、それを私たちが見つめていました。かづゑさんの周りの看護や介護の方たちが凄いなと思ったのは、普通は撮影って、嫌がられるんですが、全然嫌がらずに、かづゑさんのやりたいと思うことを彼らもサポートしよう、という感じでした。彼らの協力は本作を完成させる上で、とても大きかったですね。

【Q】 私は監督やかづゑさんの人なつっこい性格が、この作品を成功させたのだと、単純に考えていました。でも実際は、撮影をめぐって大きな人の輪が出来ていたんですね。
【熊谷監督】 そうです。だから、今回は珍しいケースで、いろんな人達の想いが一つになったということだと思います。私たちも施設の介護の方とは連絡をかなり密にしました。かづゑさんの健康状態を心配しながらの撮影だったので、彼らも凄く信頼してくれました。取材をする時に、そこまで丁寧にする人は、実際は少ないみたいなんです。かづゑさんは、嫌いな人は凄く嫌いですからね。かづゑさんが嫌がることや、傷つくこと、非難を浴びるようなことだけは、絶対やめようという気遣いは、しましたね。

【Q】2016年からの8年間の撮影で、最後の方はコロナ禍と重なっています。コロナの間、長島愛生園の方はどうなっていたんですか?
【熊谷監督】国立療養所は全国で14ケ所あるんですけど、コロナの間はほぼ全部閉めていたんです。ところが、長島愛生園だけは園長の方針で開けていました。全部を解放しているワケではなかったけれど、歴史館という資料館は開けるという方針でした。来る人をシャットアウトすることはなかったんです。ただ、高齢の方の施設なので、私たちが園内にコロナを広げちゃダメですから、実は、ズームでかづゑさんと話しました。ズームを出来るように整えた時は、愛生園の人たちも面白い企画だとのってくださいましたし、かづゑさんはそういうことを、けっこうやろうとする人なんです。生き生きと動いておられるかづゑさんの映像の方がいいので、映画の中でズームの時の映像は使いませんでしたが。

Q・美しい島で撮影されているし、主役のかづゑさんは暖かい人で、私は笑わせられたり泣かされたりしましたが、一方で、これはハンセン病問題だとわかるものを、映像はたくさん拾っていきますね。
【熊谷監督】 現実は厳しかったんだろうなと思います。特にかづゑさんが経験した〝差別の中の差別〟は、これまでハンセン病を描いたものの中では出てこなかった。これはハンセン病だけでなく、いろいろなことに繋がって行くことで、普遍性があると思います。本作は当事者の方と一緒に作る、という発想でしたので、編集がある程度終わった時点で、かづゑさんはもちろん、介護や看護の方にも観ていただいて、かづゑさんが嫌だと思うことや、問題のあるところははずそう、となりました。かづゑさんは作品を観てから、お風呂の場面が一番良かった、とおっしゃいましたね。それはやはり、ありのままをさらけ出して自分の体のことをわかってもらう、ということを考えてのことです。それからもう一つは、自分がどれだけ療養所の中で、ケアされているかということを、きちんと伝えて欲しかったのだということですね。かづゑさんは、周りの人たちに本当に深く感謝しておられるんです。

(2024年3月19日、シアターセブンで取材)

「かづゑ的」公開中 4/12~京都シネマ、13日~第七藝術劇場、元町映画館で順次公開。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA