「スノードロップ」

第19回 大阪アジアン映画祭  2024年3月5日、8日上映作品。

 家族を題材にしたドラマだが、カメラワークも演出も、よくある日本のホーム・ドラマとは全く違う。本作を観ていて、ヨーロッパの自主制作映画を連想したので、吉田浩太監督にお話を伺った時、監督の口から「ヨルゴス・ランティモス監督の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』を参考にしました」という言葉が出るのを聞いた時は、なるほどと膝を打った。元になっているのは、2016年に実際に起きた事件だ。吉田監督は事件に衝撃を受け、1本の人間ドラマを創作した。
本作の主人公・直子には台詞が少ない。「どんな時でも、自分の弱味を周りに見せたくない人物」として、直子を演出したと吉田監督は語る。確かに劇中の直子は、他人に対して気遣いをし、そつの無い態度をとり、どの場面でも異様なくらい折り目正しいが、いまひとつ内面がわからない。直子役の西原亜希は、他者に心を開くのが辛いほどの経験をして来た人物像を、少し湿度のある演技で表現した。
主人公の境遇や心理を突き止めようとするのは、担当の新人ケースワーカー・宗村(むねむら)で、ストーリーの大きな枠組みにはサスペンスの要素がある。更に、宗村の視点が強調される後半のシーンは、直子とのすれ違いの中で、彼女が本当の意味で福祉の視点を持ち、仕事を習得していく姿と重ねられている。両親の介護で多くを占められている主人公の日常は、直接的な表現では描かれていないが、だからと言ってきれいごとを描いているわけでもない印象だ。その点について監督は、「あまり説明的な表現はしていませんが、映画には余白があるので、そこを信用したいです。自分が好きで観て来た映画も、説明の少ない映画でした」と言う。
監督自身、病気で1年間ほど生活保護を受けた経験の中で、「もう監督が出来なくなるかも、という危機感がありました。その時のケースワーカーが親身な方で、いまだに感謝しているので、悪役は出さないと決めていました」と語る。過去にボランティアを福祉施設で経験したことも、宗村のキャラクター造形に役立っている。ちなみに、監督がボランティアで働いた福祉施設が所有する児童養護施設が、今回の撮影に使われている。
吉田監督に今後、社会の矛盾を突くような、啓発的な性格を持った作品を作っていきたいかどうかと更に聞くと、監督は「そこまでは考えていませんが、根本的な考え方としては、生産性の高さだけが重視されるような今の風潮の中で、弱者がどういう風に生きていけるか、という作品は作っていきたいです」と力を込めた。最後に、主演の西原亜希さんに、映画が完成した時の印象を伺うと、「演じていた時の台本では別のシーンから始まっていたので、映画が完成してから、試写で、作品冒頭のシーンを初めて観ました。作品全体として観た時に、主人公の中に何があるのか、その鍵があるので、完成した形の方がグッと来ました」と、劇中の直子そのままの表情で結んだ。そもそも、生活保護制度の目的は、生活に困窮している国民に対して、最低限度の生活を保障するということだ。この基本的な目的を実現させるような世界を作って行かなければ、と本作を観てそう思った。

(2024年3月8日、ABCホールそばのArtBeatCafe NAKANOSHIMAで取材。写真/前列左:直子役の西原亜希、中央:吉田浩太監督、右:宗村役のイトウハルヒ、後列左:母親役のみやなおこ、中央:父親役の小野塚老、右:先輩ケースワーカー役の芦原健)
Story
10年間母親につきっきりの介護をしていた女性、直子(西原亜希)。母親は重度の認知症で、直子は仕事が出来ず家計は苦しい。彼女には姉が居るが、結婚して実家を離れている姉は、援助を断ってしまう。追い打ちをかけるように、働き手だった父が手術をしなければならなくなり、一家3人は生活保護を受給することを決めるが・・・。
(2024年/日本/98分) 配給:シャイカー

 

「スノードロップ」

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