「オッペンハイマー」
   2024年3月29日、全国ロードショー

「インターステラー」「TENET テネット」などで知られるクリストファー・ノーラン監督最新作にして、第96回アカデミー賞で主要部門多数受賞の話題作だ。原案となっているのはピューリッツァ賞受賞のノンフィクション。原子爆弾の開発競争を勝ち抜いた人物J・ロバート・オッペンハイマーの半生を、独創的な映像で映し出している。クリストファー・ノーランは大きな資本が動く大作を描いて、多くの人を引きつけて来た監督で、本作も伝記ものとしては異色のスケールだ。
第2次世界大戦中、ロスアラモス研究所で原子爆弾開発のリーダーだった天才物理学者オッペンハイマー。彼はその一生の中で、賞賛と罵倒の両方を浴びた人物。ある意味、非常にドラマチックな人生を歩んだ主人公を、ノーラン監督は背後の人間関係から読み解いていく。劇中でのオッペンハイマーと、科学者や軍人、政治家や妻達とのやりとりは短いシーンの連打で、まるでミクロの粒子が猛スピードで物質に衝突しているかのようだ。作品全体が緊迫感を保っているのは、ショッキングな題材のせいだけでなくスピーディーな構成のせいだろう。人類史上初の核実験の裏に何があったのか。権謀術数と様々な人物の思惑が交差する中で、主人公は変化していく。
 核兵器を開発するためのマンハッタン計画には、2人の大統領が関わっている。極秘に計画を立ち上げたのはフランクリン・D・ルーズベルト大統領。彼の死によってハリー・S・トルーマンが計画を引き継いだ。劇中にはトルーマン大統領とオッペンハイマーが同席する印象的なシーンがあり、そこで大統領はマッチョの権化のような台詞を吐く。史実に基づいたものだが、このワン・シーンからはノーラン監督の反骨精神が感じられる。なにせ〝戦争を終わらせるため〟という大義名分のもと開発された原爆は、人類の未来に影を落とすことになるのだから。
 主演のキリアン・マーフィーは、ノーラン監督作品の常連俳優だが、それまでにもダニー・ボイルやニール・ジョーダン、ケン・ローチら大物監督との仕事で性格俳優として実績を上げている。「プルートで朝食を」の時は〝僕が綺麗なのはあと少しの間だけですよ〟とニール・ジョーダン監督にユーモアを交えたメッセージを送り、制作を急がせた。結果、女装の主人公でゴールデングローブ賞の主演男優賞にノミネート。今回はオッペンハイマーの内面をナイーブに演じて、アカデミー主演男優賞をみごと獲得した。アイルランド出身、頭脳派のつわ者である。
アカデミー賞、ゴールデングローブ賞の受賞者やノミネート経験者を贅沢に起用したキャスティングにも驚かされる。エミリー・ブラントが、マット・デイモンが、ロバート・ダウニー・Jr.が、ラミ・マレックが、とカリスマ性のある有名俳優が続々登場してそれぞれが思う存分、自分の役を膨らませている。
ここからはネタバレになるが、被爆地を視察して来た科学者の報告会のシーンには、あまりに大きな事実の重みがあり戦慄が走った。巨匠の世界的大ヒット作品だけに、原爆投下後の犠牲者の側の痛みを強調しなかったのは残念だが、オッペンハイマーのことを、これまであまり知らなかった自分にも、課題を感じないわけには行かない。兵器開発競争の中にある闇、国の政策と科学者についての物語なら、日本にも今後、制作出来るネタがある筈で、そんな作品を早く観たいと思った。
(2023年/180分/アメリカ)

配給 ビターズエンド ユニバーサル映画     

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