「戦雲 いくさふむ」

作品公開日 2024年3月16日

タイトルは冒頭の唄の歌詞〝いくさふむ 怖くて眠れない〟から。沖縄の島々が、着々と軍事利用され、静かに要塞化して行く様と、不安を訴える地元の人々の声を拾ったドキュメンタリー映画だ。カメラは、与那国島、石垣島、宮古島そして沖縄本島へ。そこにある市民の暮らし方や自然を映しだし、与那国町町長などにもマイクを向けていく。
「標的の村」(2013)「戦場ぬ止み」(15)「標的の島 風かたか」(17)「沖縄スパイ戦史」(18)(共同監督)と、反戦ドキュメンタリー映画を通して権力の監視を続けて来たジャーナリスト、三上智恵監督が2015年から8年かけて取材した渾身の作だ。
映画は「いのちと暮らしを守るオバーたちの会」会長の山里節子さんが、石垣島のミサイル基地建設予定地へ行くシーンで始まる。節子さんはこの映画の全編を通して登場する人物で、昔の唄をよく知っている。重い題材を描きながらも、本作に詩情が漂っているのは、彼女の歌声のせいでもあるが、節子さんが唄いながら反戦を訴えるのは、軍国少女だったからでもあるのだろう。戦争は、何も知らない子供にまで心の傷を残すのだ。
節子さんが、一点の曇りも無い眼差しで、迷彩服の自衛官に向かって語りかけるシーンや、マイクを手に歌い始めるシーンからは、何だかとんでもなくたくさんのものが伝わってくる。沖縄と本土の関係性、沖縄の歴史、戦争一色だった節子さんの子供時代。
そして今、未来の戦争に備えながら暮らし続ける住民。危機感と背中合わせの毎日だが、毎日毎日、緊張していられる人間なんて居ない。緊張感に慣れてしまったら?島々が完璧な要塞にされてしまったら?〝また戦雲が湧き出してくるよ、恐ろしくて眠れない〟節子さんが冒頭で唄った、石垣島の叙情詩の意味は深い。
もちろん島々には、自衛隊員が島に入って来ることに賛成している人も居る。監督は様々な声を拾う。おじい、おばあ、若者、子供へとカメラは向けられる。コメントは合唱のように大きな声になり、太平洋戦争を知る世代がソロで語り始める。中でも貴重なのは基地予定地の映像だ。このドキュメンタリー映画が当局に没収されたりしないこと自体、私たちがまだ自由と民主主義を当たり前に持っているあかしかもしれないと、そんな印象を受けた。

(2024/日本/132分)

配給 東風

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