「草原に抱かれて」
2023年10月14日から神戸の元町映画館、同11月3日からアップリング京都、同4日から大阪のシネ・ヌーヴォで公開。

中国の内モンゴルを舞台にした中国映画「草原に抱かれて」(2022年製作、パンドラ配給)が日本の劇場で上映が始まった。昨年の東京国際映画祭で「へその緒」というタイトルで紹介され、監督のチャオ・スーシュエが初来日し顔を見せている。内モンゴルを舞台にした作品はそんなに多くないが、何といっても、ロシア人のニキータ・ミハルコフ監督が撮った「ウルガ」(1991年)が印象に深く、その時ヒロインの人妻を演じていたのが内モンゴル出身の女優・パドマで、30年の時間をくぐり抜けてスクリーンによみがえったことに感動しないわけはない。
「ウルガ」は、内モンゴルのゲル(パオ)で暮らす遊牧民の夫婦の物語で、パドマはまだ若いが3人の子どもがいる母親。タイトルのウルガは狩猟道具の名前だが、恋人や夫婦が草原で愛をかわす時に「ジャマしないで」というメッセージでその場に立てる。ミハルコフ監督のほのぼの優しい人生賛歌の傑作であった。そのパドマが「草原に抱かれて」では、主人公の音楽青年・アルス(イデル)の老いた母親役だ。30年前の若い母親のその後であることは間違いない。チャオ監督が内モンゴル出身で、フランスで映画の勉強をした人だからミハルコフの映画を見ていないわけがない。
内モンゴルを出て都会で音楽の勉強をしているアルスは、チャオ監督自身と重なる。アルスは電話で彼女が痴呆症を煩っていることを知り、今は近くの町で兄夫婦に引き取られて暮らす母親に何年ぶりかで会いに行くところから物語は始まる。兄のマンションに着いていちばん驚いたのは、元気ながらもすぐ怒ったり、夜になると徘徊するため寝る前に縄でベッドにつながれている事だった。アルスは「だめだ」と兄夫婦に文句を言って、母親を連れ出し、故郷の内モンゴルの家(古いゲル)に帰る。
汚い家の中を掃除し改装するアルスと母は、昔に戻ったように、明るく過ごすようになり、母は「昔あった木を探したい」とアルスに懇願し、果てしない草原を馬車で駆け巡る。近くのゲルで暮らす若い女性がアルスたちの生活の手伝いにやって来るようになり、それなりの家族のように見える。心配した兄夫婦もたまにやって来る。アルスはその生活が長く続くはずがないことを知っている。それでも、チャオ監督の故郷への思いは果てがない。夜のゲルの側で火を灯し、親しい人たちと踊る母親の顔は忘れないだろう。
ミハルコフ監督もこの映画を見たら泣くだろう。
写真は「草原に抱かれて」の一場面

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