「愛にイナズマ」
2023年10月27日からシネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマほかで公開

石井裕也監督が辺見庸の同名原作を映画化した「月」(上映中)に続いて、今度は自身のオリジナル脚本の映画化「愛にイナズマ」を撮った。今年は成島出監督が「ファミリア」「銀河鉄道の父」の2本、前田哲監督が「ロストケア」「水は海に向かって流れる」「大名倒産」の3本を発表して存在感を示している。石井監督の1本目「月」は昨年他界した「新聞記者」などのプロデューサー、河村光庸さんが石井監督に依頼した作品で、相模原障害者施設で起きた殺傷事件を扱った社会派問題作。そして2本目「愛にイナズマ」は石井作品おなじみの家族愛をテーマにした物語。「ポスト・コロナ」の今の時代に作りたかったと力が入る。
主人公は30歳に近い映画監督志望の折村花子(松岡茉優)で、小さいプロダクションで初めて1本の作品を撮ることで張り切っている。それも自分の家族をモデルにした自身の脚本だから力が入る。ところが、プロデューサーの原(MEGUMI)と、助監督の荒川(三浦貴大)との事前の打ち合わせで揉め窮地に陥る。ベテラン助監督の荒川は「これではスタッフが納得しない」と脚本に文句を言い、容赦ない。どっちつかずのプロデューサー原もいつしか荒川の味方をし、花子の抵抗空しく監督のポジションを奪われてしまう。
あくまで自分の書いた脚本にこだわり、監督デビューのチャンスを失う花子の怒りは半端ないが、これはどんな世界でも起こりうる社会事象で、花子に同情するしかない。たまたま入ったスナックバーで、花子が声をかけたマスクの男と知り合い、そこから花子の青春第2章のドラマが始まる。マスクの舘正夫(窪田正孝)は落ち込みながらも負けないぞと宣言する花子と意気投合し、彼女が10年ぶりに父親のいる田舎に戻る旅に同行することになる。
妻が訳ありで居なくなりひとり暮らしの父・治(佐藤浩市)は弱々しく元気がないが、花子の帰省がうれしく、その機に長男の誠一(池松壮亮)、次男の雄二(若葉竜也)もやって来て賑やかになる。花子が家族にカメラを向けて撮る映像も交えて、そこにいない子どもらの母親のことや、父親が隠していた現実のドラマが重なる。石井監督はそこんとこシビアな話だけど結構笑える展開で描き、花子の泣き笑いが面白く、松岡茉優の顔がリアルで、映画を見ている自分が治の父親目線になっているような気にさせられる。佐藤浩市の少しおどけた父親の存在がそうさせるのかもしれない。趣里、仲野太賀、高良健吾らが共演。
「月」と「愛にイナズマ」の2本は、石井監督がこの秋に放った2本の矢。いい仕事をしたと思う。

写真は「愛にイナズマ」の一場面(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会

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