「アントニオ猪木をさがして」
2023年10月6日から公開
アントニオ猪木が亡くなって(2022年10月1日)、約1年。彼の足跡や人柄、業績を追ったドキュメンタリー映画が公開される。筆者もプロレスファン、それもアントニオ猪木が率いた新日本プロレスが好きだった。毎週金曜のテレビ中継はもちろん、伝説の猪木―アリ戦生中継(1976年6月26日)は大学を休んで〝ブラウン管〟の前で固唾を飲んで観たのを覚えている。猪木らの試合のなかには反則による勝ち負け、レフェリーが知らない?ところでの凶器攻撃など、これはちょっと…というものも多くあったのは事実。そうした勝敗より惹かれたのは、当時のプロレスに漂っていた〝いかがわしさ〟だった。謎の覆面レスラーもそうだし、他団体への仁義なき引き抜き合戦。それに、猪木が掲げた、アジア、欧米をサーキットして「本当の世界一」を決めるというIWGP構想は、現実社会の中で夢があって期待したのだが…。晩年はあまりにもカリスマになり、ちょっと引いて活躍を眺めていたが、亡くなったとなると改めて振り返ってみたくなる。
この作品は、まだまだ冷ややかにとらえる人も多いプロレスを題材にしている。観る前は、試合映像がもっと多用され、ヒーローとしてとらえている(そういった部分、証言者もいるが)と想像していたが、ドキュメンタリー映画として評価できるところが多くあった。最もそれを感じたのは、冒頭に登場するブラジルでのロケ取材。ブラジル遠征していた力道山にスカウトされたというエピソードはよく紹介されるが、実際に働いていた農場、そして隣りの家に住んでいた男性へのインタビューは初めてだろう。地道に現場へ足を運び取材する、というドキュメンタリーの常道がきっちり描かれている。また、猪木の側近にいた藤波辰爾や藤原喜明の証言も、師の人柄を浮き彫りにする効果があった。さらに、パキスタンでの猪木―アクラム・ペールワン戦(1976年12月12日)。地元の英雄だったペールワンは猪木に腕を脱臼させられて敗北し一族は名声を失っていく。と、ここまでは知られているが、それには後日談があった。猪木は一族の血を引く青年のアビッド・ハルーンを日本に呼び寄せ、バックアップしていたのだ。映画ではハルーンのインタビューも登場するが、こんないいエピソードは、もっと長尺で丁寧に紹介してほしかった。
ファン、信者を自負するタレントらも出演しているが、その熱量はあまりにも凄くて、それについていけるのは、やはりプロレスファンに限定されるため両刃の剣か? ちなみに、プロレスを扱ったノンフィクションには、海外で悪役レスラーに徹した日系人のグレート東郷を、映画「福田村事件」を監督したドキュメンタリー作家の森達也が書いた「悪役レスラーは笑う」、東郷を真似たレスラーを村松友視が書いた「七人のトーゴー」などがある。こうした著書にあるように、もう少し〝一定の距離〟を全編にわたってキープしたスタンスで猪木と往路レスとはなにかを観たい気がした。
監督・和田圭介、三原光尋 プロデューサー・筒井竜平、若林雄介
主題歌・福山雅治 配給・GAGA
(C)2023映画「アントニオ猪木をさがして」製作委員会