「マルセル・マルソー 沈黙のアート」

2023年9月16日から、シアター・イメージ・フォーラム
10月20日 アップリンク京都
10月28日 シネヌーヴォ
11月     元町映画館などで公開

なにも話さず、動きだけで状況や喜怒哀楽を訴えかけてくるパントマイムという「パフォーマンス」「アート」。その第一人者として活躍したのがマルセル・マルソー(1923年―2007年)。84歳で亡くなったが、元気だったなら今年が100歳。何度か来日してパフォーマンスを披露したのだが、残念ながらライブで観ることができなかったのが惜しまれる。パントマイムは日本ではまだまだ理解されているとは言えず、架空の壁に囲まれる様子や架空の階段を上り下りする様子などが「コント芸」として、また、サーカスに行った時にピエロ(正確にはクラウン)が演じられるのを観る程度。自分もそうだが、「沈黙」の奥にある深淵な感情を読み取ることなく、「顔を真っ白に塗って、変な?動きをする人」という程度でしかとらえていない。マルソーについても、そうした視点でしかなかった。
この映画は、よく知られる「白塗り」だけでなく、アーカイブ映像での「素顔」もふんだんに登場、「沈黙の奥」にある深淵な歴史、感情をうかがい知ることができる。ユダヤ人であるマルソーは、父をアウシュビッツ強制収容所で亡くし、ナチスドイツへのレジスタンスに参加。約300人のユダヤ人孤児をスイスに脱出させたという歴史がある。そうした様子は劇映画「沈黙のレジスタンス 〜ユダヤ孤児を救った芸術家」(2020年)でも詳細に描かれている。このドキュメンタリー映画では、それを当時108歳になる従兄弟らが語ることで、よりリアル、切実に迫ってくる。それらを知ってから観ると、マルソーの「架空の壁に囲まれた」パフォーマンスには、自由を束縛された人間の悲しみが伝わってくるようだ。
また、演劇学校でパントマイムを習ったマルソーが、チャップリンに影響を受けたというエピソードもとても興味深い。演劇学校で学び「アート」として習得したマルソー、生き抜くために磨き上げていったチャップリンの「大衆芸」とは似てはいても相容れないものと推察していた。しかし、そうしたジャンル分けや「壁」は意味がない。むしろ、奇妙に見える動きで瞬間的な笑いを誘うだけなのか、その奥にある「叫び」を訴えるか、という志の違いなのだろう。マルソーやチャップリンにはそれが共通している。
さらに、マルソー自身の伝記だけでなく、ある意味の「ファミリー・ヒストリー」を描いているのがいい。彼の遺志を継いで教室を経営し続ける家族。5歳の時に死別し「祖父のことはほとんど知らない」という孫(男性)はダンサーとして活躍しているが、いつも「マルソーの孫」として見られることへの重圧を語る。一方、監督・脚本のマウリツィウス・シュテルクレ・ドルクスの父も登場。聴覚に障害があり、「ろう者のパントマイマー」である父は、マルソーがもたらした大きな影響を話す。さらに、パーキンソン病と闘い新しいテクニックを模索するマルソーの教え子も登場。
マルソーのパフォーマンスと想いを語った映像、周辺の人々の証言など多面的な視点で、「沈黙」に秘める訴えが雄弁に語られている。
監督・脚本:マウリツィウス・シュテルクレ・ドルクス
登場人物: マルセル・マルソー クリストフ・シュテルクレ アンヌ・シッコ カミーユ・マルソー オーレリア・マルソー ルイ・シュヴァリエ ロブ・メルミン ジョルジュ・ロワンジェ ダニエル・ロワンジェ
2022 年|スイス=ドイツ|独語・英語・仏語|カラー&モノクロ|85 分 原題:L’art du silence 英題:The Art of Silence 日本版字幕:松岡葉子 後援:一般社団法人日本パントマイム協会

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