さまざまな心の「渇き」を

2023年6月2日から全国ロードショー

「孤狼の血」シリーズなどの白石和彌監督がプロデューサーに回り高橋正弥監督(55)がメガホンを取った「渇水」(KADOKAWA配給)が6月2日から全国でロードショー公開される。河林満が1990年に発表した同名小説が原作で高橋監督が10年前から映画化を狙っていてようやく実現。主人公は群馬県前橋市の水道局で働く職員の岩切俊作(生田斗真)で、雨が降らず給水制限で町がカラッカラの中、彼は水道料金を払わなかった家を訪れて「停水執行」を行うのが仕事。同僚の木田拓次(磯村勇斗)と一緒に、小出有希(門脇麦)の家に向かうところから物語は始まる。
有希は夫が船乗りで外国に行きそのまま消息がないシングルマザー。小学生の慶子(山崎七海)と小さい久美子(柚穂)の姉妹を抱え、すでに電気、ガスが止められて、水がストップすると生活が保てない極限状態。当然のごとく「今は無理」と支払いを拒む有希に俊作は「規則です」と「停水執行」を宣告する。
家の中にある水を蓄えられるバスタブ、バケツ、洗面器、ペットボトルなどに水をいっぱい溜めて、俊作は停水を執行する。歯ぎしりする母親と2人の娘たち。同情の眼差しの木田に比べて俊作のそれは冷たく鬼のようである。生田斗真のこんな役どころは見たことがないが、後半、その俊作の目の奥の色が変わっていくのが映画の見どころで、虚を衝く行動につながっていく。
2人の姉妹は是枝裕和監督の「誰も知らない」「万引き家族」に出てくる一家の子どもたちと通底しているが、最初から反骨な目をしている門脇麦の母親と、初めは幼い優しい娘2人の目がそれと同じようになっていくプロセスが切なく悲しい。同情する木田がアイスクリームを買ってきて俊作と2人の姉妹と一緒に食べるシーンがとてもいい。それは「当たり」くじ付きのアイスで誰が当たり、外れるかと話すところで、俊作がある胸騒ぎを感じているのは間違いない。
俊作の葛藤と反骨。彼が最後に取る行動と、痛快な姉妹2人のサバイバル行。俊作の奥さんに尾野真千子。宮藤官九郎、吉澤健、篠原篤ら共演。向井秀徳が音楽で主題歌も。高橋監督はラストを河林原作と変えているところに今の時代を重ねている。2008年に原作者は亡くなっているが芥川賞候補作で賞獲りを逃がした経緯は映画になった「オーバー・フェンス」(山下敦弘監督)などの佐藤泰志に似ているような気がする。高橋監督の次回作「愛のこむらがえり」は近日公開予定。

写真は「渇水」の一場面(C)「渇水」製作委員会

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