フリーターがオペラに?
「テノール! 人生はハーモニー」

作品公開日 2023年6月9日

現代のパリを舞台に、フリーター出身の青年・アントワーヌが、ストリートのラッパーからオペラ歌手に転身していく姿を描いた青春ドラマ。主人公のアントワーヌは、著名なオペラ教師マリーに才能を見いだされ、レッスンを受けるようになる。アントワーヌは、同居している兄に学費を出してもらいながら経理の学校に通い、アルバイトで生計を立てている青年。寿司の配達でオペラ座に来たのが人生の転機だ。彼はオペラ関係者のエリート層とは、住む所が違うと実感しながらも、芸術に触れて興味をかき立てられる。
ここまで、主人公の人生は順調なのだが、リアルなのはその先だ。彼は自分が所属するコミュニティの仲間から浮き上がり、地域で生きる力を徐々に失っていく。それまでやっていたラップ、付き合っていたガールフレンド、世話になって来た兄との間にも溝が出来る。つまり、本作はシンデレラ・ストーリーであると同時に、1人の青年が自分のコミュニティから切り離されて、生きて行けるのかどうか。立身出世の夢と表裏一体の罪悪感にどう向き合うのか。貧困の壁をいかに付き崩していくのかを考える話なのである。
年配のオペラ教師マリーを演じるのは「ぼくのバラ色の人生」「100歳の少年と12通の手紙」などで母親や肝っ玉のすわった実業家を演じてきたミシェル・ラロック。階層差のあるマリーとアントワーヌの間に漂うズレや緊張感を表現し、異分子アントワーヌをオペラ界に引き入れようとする、マリーの側の人生を想像させる。
貧困から抜け出す若者を描いたシンデレラ・ストーリーには、ユートピア論があるという意見も多いだろう。本作後半には確かにユートピア論がある。しかしそれ以上に、文化を大切にしている国ならではの熱い情熱がある。又、現実問題として、オペラに若い観客を呼ぶことも喫緊の課題に違いない。音楽オーディション番組「THE  VOICE」で話題になったビートボクサーのMB14を主役に据えたところに、そんな制作側の想いが現われている。緊迫した世界情勢下、MB14の開放的な声と外見もドラマにユーモアを添え、見る者の心を、いっとき楽観的な方へと解放してくれる一作である。
101分/フランス/2022年
配給 ギャガ
©2021 FIRSTEP-DARKA MOVIES-STUDIOCANAL-C8 FILMS
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