ヒリつくような親子の夏

公開日 2023年5月26日

11歳の娘が父親と過ごした夏休み— ノスタルジックな物語と繊細な映像が話題となり、父親役に扮したポール・メスカルが、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた注目作。監督・脚本のシャーロット・ウェルズはスコットランド出身で本作が初長編監督作品だ。
主人公のソフィは両親が離婚していて、母親と暮らしている。ある夏休み、ソフィは父親のカラムと一緒に、トルコの小さなリゾートへ。ビデオカメラを回しながら、スキューバ・ダイビングを楽しんだり、プールサイドで肌を焼いたり。日焼けした背中に、父の大きな手でアフターサン・ローションを塗ってもらったり。多感な時期のソフィは父との距離を計りながら一夏を過ごす。そして20年の時が経ち、ソフィは11歳の夏のビデオを再生して、今は会えなくなった父のことを想う。
本作はスコットランド出身のシャーロット・ウェルズ監督が、自伝的な要素を盛り込んでシナリオ化した人間ドラマである。映画前半は、日本の河瀬直美監督の実質的なデビュー作となったドキュメンタリー「につつまれて」(92)を連想させる。子供時代に生き分かれた父。家族とは何か、自分とは何者か。河瀬監督とウェルズ監督の間に交流は無いのだろうが、どこか共通する体験と感性を持っている。
題材としての〝親〟は決して新しくない。今年公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督の「フェイブルマンズ」も、スピルバーグ監督自身の親を題材にした作品だった。スピルバーグ監督は成熟した大人の視点で両親の欠点も長所も描いた。一方、30代のウェルズ監督は、自分自身の中で未消化な部分は、未消化のままに父親像を描き出した。そしてこの正直なアプローチが、作品全体にリアリティを与えているのだ。
「アフターサン」のドラマ後半は、ソフィの父親の人格や彼の人生を、より分析的に描いていく。と言っても、映画の中に出てくるのは、一夏のビデオ映像と記憶の断片に過ぎない。観客は判断材料をあまりもらえず、断片的な情報から、頭の中で足りないピースを組み立てていくしかない。ボソボソと喋る30代の父は、カッコ良くないし、お金持ちでもないし、どこか陰を抱えている。それでも、どうしても我が子に伝えたいことがあった。「生きたい場所で生き、なりたい人間になれ」。映像の中に納まる父・カラムは、おおらかなセリフの中にその人柄や、彼の人生の手がかりを残しているのだ。
自らの子供時代と親を考えることは、自分自身を確認する作業でもある。その後の長い人生を生きていく主人公ソフィ。ヒリヒリするような過去が昇華される瞬間が、しっかり映像に焼き付けられた作品である。
配給 ハピネットファントム・スタジオ

©TurkishRivieraRunClubLimited,BritishBroadcasting Corporation.TheBritishFilmInstitute&Tango 2022

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA