「ビリー・ホリディ物語」
2023年3月10日に公開

ニューヨークで話題になった舞台(主にミュージカル)を映像で観ることができる「松竹ブロードウェイシネマ」は私にとってとても嬉しいシリーズ。もちろん、生で観るのがベストではあるが、それがままならないなか。「シー・ラブズ・ミー」や「42nd STREET」といった往年の名作、近作の「キンキ・ブーツ」などをさまざまな「舞台」を提供してくれている。そして、今回は、主演のオードラ・マクドナルドが2014年のトニー賞主演女優賞に輝いたこの作品。伝説のシンガー、ビリー・ホリディ(1915年4月7日~1959年7月17日)が亡くなる4カ月前、フィラデルフィアのジャズクラブで行った〝最後のパォーマンス〟をリアルに再現している。映像にはそれを楽しむ実際の観客も映し出されているため、いっそうリアリティーがある。
マクドナルドはビリーになりきって12曲を歌い上げる。といって、語り継がれているこのライブはけっして「完璧なもの」ではなく、酒とクスリで思うような声質と声量が出なくなっていた晩年のビリーの痛々しさと合間に語る半生の凄さが伝わってくる。名門のジュリアード音楽院を卒業し、クラシック歌唱法を習得しているマクドナルドにとっては、かえって高いハードルだろうがそれをクリア。さらに、歌の合間のトークは、きっちりと決まったセリフなのに、それを全く感じさせない「アドリブ」になっている。
この作品は日本版が少なくとも2つのバージョンが上演されていて、幸いなことに、どちらも観ている。1つは1989年に上演された、ちあきなおみが主演したもの。ビリーのナンバーではないが、彼女が歌う「朝日のあたる家」は絶品で、洋楽、歌謡曲を問わずこうしたソウルフルな楽曲は得意とするところ。肌を黒く塗りアフリカ系アメリカ人になりきった彼女の歌は記憶に残っているが、「ライブ」を想像したこともあって、「ドラマ」(演技)の部分には少し違和感があった。それは2014年の安蘭けいバージョンも同様。いくらなりきろうとしても、そこにはやはり無理があり、限界があった。容易に比べるものでもないが、やはりこの作品は、アフリカ系アメリカ人が演じるにふさわしい。しかも、「歌唱力」「演技力」「オーラ」の3つがそろっているマクドナルドだからこその作品だと痛感する。
くしくも最近、1960年代の女性トリオのザ・ドリームズ(スプリームスをイメージ)の栄光と挫折を描いたミュージカル「ドリーム・ガールズ」の舞台を観劇したのだが、メンバーの1人はダイアナ・ロスがモデル。劇中、ヒット曲ばかり狙うマネージャー(恋人)と考え方が違うようになり、彼女が「映画に出たい」というが、マネージャーは大反対するシーンがある。それは、ダイアナ・ロスが主演した映画「ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実」(1972年)を暗示している。それほど、多くのミュージシャンに影響を与えた伝説のシンガーを再認識するいい機会になった。

写真 ©Evgenia Eliseeva
映画『ビリー・ホリデイ物語 Lady Day at Emerson’s Bar & Grill』公式サイト – 松竹ブロードウェイシネマ (broadwaycinema.jp)

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