「あのこと」
2022年12月2日シネ・リーブル梅田ほかで公開
ノーベル文学賞受賞作家アニー・エルノーの「事件」の映画化。
原作者自身の経験を基にした壮絶な物語である。
1963年のある日。文学専攻の優秀な学生アンヌは、自分が妊娠していることを知る。 相手の男性に結婚する気は無く、アンヌにも無い。今は子供を持つより学業を優先させたいと、アンヌは中絶出来る病院を探すが、医師が取り合ってくれない。妊娠を知った学生寮の女友達も「中絶には協力出来ない」とアンヌに冷たくなる。フランスで中絶が合法になるのは、70年代に入ってからのことで、妊娠すれば女性に選択肢は無い、というコンセンサスが世間にあった時代だ。ドラマは有効な手立てがないまま刻一刻と時間が過ぎていく様を、タイムレースで描く。
昨年は残酷な性的スキャンダルで、女子大生が男子学生より圧倒的に不利になっていくことを題材にとった「プロミシング・ヤングウーマン」(将来有望な若い女性)が公開され話題になった。本作でも劇中で〝将来ある男子学生達〟を見つめる、アンヌ役のアナマリア・バルトロメイの眼差しが凄まじい。妊娠することで、男子学生と女子学生のうち、女子学生の側だけが就職や進級競争で負けていくのはおかしいのではないだろうか。そんな問いがここにはある。
自伝的な話だけに主人公が関わった人々の描写の中には、個人の記憶の再生としか思えないような細かい描写がある。オドレイ・ディワン監督は、一見意味のなさそうな細部を盛り込むことで映画全体にドキュメンタリーのようなリアリティを演出している。主人公の顔のアップと背後からのショットでアンヌの焦燥を捉えたカメラワークも効果的だ。中絶を試みることによる体の痛みと、心の痛みを手加減なしに表現しているので、見ていて何度も胸が痛んだ。
2021年/フランス/100分
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