「喜劇発祥120年  松竹新喜劇」
    2024年5月10日~19日
          松竹座
1904年(明治37年)、大阪・道頓堀で曽我廼家五郎と十郎が「曽我廼家兄弟劇」を旗揚げ、日本で初めて「喜劇」と銘打った興行を行ったから120年。その流れを受け継ぐ松竹新喜劇がそれを記念した公演。初日(10日)には開演前にゲストの川中美幸のほか、曽我廼家桃太郎、曽我廼家一蝶、藤山扇治郎、渋谷天笑、曽我廼家いろはが、劇場前で道行く人に挨拶。扇治郎は「祖父(藤山寛美)の命日が5月21日、その月に公演させていただけるのは本当にありがたい」。川中「両親が松竹新喜劇のファンで、いずれは松竹新喜劇に出てみたいと昨年に声に出しました。それが言霊というか、夢がかなって出演できることになりました」などと話した。
◇「幸助餅」
   作・一堺漁人、脚本・平戸敬二、演出・齊藤雅文

 松竹新喜劇のレパートリーとして人気があるが、それにとどまらず上方落語や江戸落語、講談。さらに歌舞伎にもなった人情話。借金のために、身内の若い女性を廓に〝預ける〟という設定は、同じようにさまざまな形態で演じられている「文七元結(ぶんしちもっとい)」と通じるところがある。例えば、女性を預かる廓の女将が、借主に対して「(約束の期限までに返済できないと)、私も鬼になります」という同じような台詞が。今の時代では許容できない設定ながら、これが物語の柱。ただし、文七が身投げしようとする男を助けるためという切羽詰まった事態に金を使うのに、心寄せる人は多い。一方、幸助の場合は、いまでいう極端な〝推し活〟で、ちょっと理解しがたい部分もあるのも確か。それを、「どうしようもないなあ」と苦笑いするような憎めないキャラクターにまで作り上げるのが難しいところ。このあたり、扇治郎の生真面目さが出て、良くも悪くも止めたくなるほどにハラハラさせられる。そんな幸助が雷で会ってしまう場面。お互いの現況を尋ね合う様子を本舞台ではなく、あえて花道で展開するのは、まさに予想外の出会いというリアリティーを感じた。
一方、雷は巨体のため動くも限られ、言葉数も少ないことで、無骨ななかでのやさしさがにじみ出る〝おいしい役柄〟。天笑、曽我廼家を襲名した3人の若手に注目がいくなか、熟練の技が冴える。出来過ぎた話とはわかりながらも、結末はやっぱりウルッときた。
〈あらすじ〉かつては大坂一とわれた米の大屋屋の幸助(扇治郎)は、雷(いかづち=曽我廼家八十吉)を贔屓にしたことで、身代を潰してします。出直そうと30両と引き換えに妹を新町の廓に預けての帰り、雷と会ってしまう…。
◇「村は祭りで大騒ぎ」
  合作・茂林寺文福、舘直志、演出・堤泰之
 こちらは「現代劇」。とはいっても、隣近所がどんな人物かよく知っていて、いろいろな出来事もすぐに広まる昭和時代の話。とはいえ、金を融通してくれている一家に、娘が嫁ごうとする設定はなかなかハードルが高い。そこへ付き合っていた男性と再会して、大騒ぎが起こるというわけ。母親に扮する川中が、軽やかで庶民的な役柄を巧みに演じている。ただ、人物設定において、縁談を進めていた立場から、駆け落ちを暗に進める〝豹変〟ぶりはやや唐突。脚本や演出でもう少し自然な流れにして欲しかった。最後は、若手を中心ににぎやかな祭りの踊りを披露し、大団円。心地よかった。
〈あらすじ〉昭和の時代のとある大阪の村。美代子(川中)が女手一つで育てた奈津美(いろは)は、金持ちの息子(一蝶)との縁談話が進んでいた。しかし、奈津美の恋人だった宇佐美(天笑)が母の墓参りのために村に戻ってきた。
写真左から=曽我廼家桃太郎、曽我廼家一蝶、川中美幸、藤山扇治郎、渋谷天笑、曽我廼家いろは (C)松竹

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA