「落下の解剖学」
2024年2月23日公開
サスペンスのストーリーをつぶさに書くのは御法度だが本作は〝ネタバレ〟に絶えうる力を持っている。主演のザンドラ・ヒュラーは、時代を先取りしたような奇妙な父娘像を描いた秀作「ありがとう、トニ・エルドマン」(16)の娘役で、日本でも既におなじみのドイツ人俳優。監督はジュスティーヌ・トリエ。本作ではアルチュール・アラリとの共同脚本で、カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝き、ゴールデン・グローブ賞の最優秀脚本賞および最優秀非英語映画賞を受賞。アカデミー賞®でも主要な部門にノミネートされている。
ドラマは雪山の山荘で始まる。サンドラと夫はドイツからフランスに移住した作家夫婦。2人には視覚障害を持つ11歳の息子が居て、教師でもある夫が自宅学習を助けていた。そんなある日悲劇が起こる。夫が山荘の窓から転落死しているのを、息子が発見したのだ。売れっ子作家の妻サンドラに疑いがかかり、一家は世間から好奇の目にさらされるように。
夫婦のいさかいをベースにした映画と言っても、ハリウッド系作品「ゴーン・ガール」のような派手さや外連味は無く、証言を淡々と積み重ねていく地味なスタイルである。そのかわり、エピソードは重くリアル。特に妻のサンドラの私生活が明かされていくプロセスに迫力があり、ミステリアスで先が読めなくなる。一見、公平で理想的な男女関係を築いていた筈の2人の間に一体が・・・映像は、切り立った雪山の斜面や、真っ暗な夜道を走る車窓の景色を効果的に使い、登場人物たちの揺れ動く心理を細やかに浮き彫りにしていく。法廷シーンはドキュメンタリー・タッチで硬質だが、法廷の外のエピソードは繊細で詩情豊かだ。
妻役のザンドラ・ヒュラーは、白とも黒とも言えないキャラクターを怪演。劇中ではボーイッシュな外見と、英仏2言語を駆使したセリフで観る者の予想をかく乱する。人もうらやむ対等性を築いていた夫婦の間にも、エゴイズムや情念や愛が横たわっていて、理想と現実に引き裂かれる人間の赤裸々な姿が浮き彫りになっていた。ジュスティーヌ・トリエ監督の世代だからこそ書けたドラマでもあり、何気なく観るうちに、その鋭い問いかけに衝撃を受けた。
(2023年/フランス/152分)
配給 ギャガ
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