「コンクリート・ユートピア」

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オープニングは韓国の住宅事情だ。賃貸であれ分譲であれ、庶民がどれだけ苦労してマンションに入るか。手に入れたマンションはどれだけ快適か。家や家庭を持つことの楽しさが描かれたあと、ドラマは大規模な災害が世界を襲い、ソウルの町を破壊するシーンに替わる。瓦礫の中にすっくとマンションが建っていて、その一棟だけが何故か無傷だ。
偶然災害を免れたマンションの名前は〝皇宮(ファングン)アパート〟。皇宮アパートには他のマンションからの避難民が集まり始めるが、皇宮アパートの住民は彼らを追い出し始める。その中でも最も急進的なのがキム・ヨンタク(イ・ビョンホン)で、ヨンタク率いる皇宮アパートの自治会は、食料確保のために盗賊と化す。
皇宮アパートに住むミンソンとミョンファ夫妻は、当初、避難民を自分達の部屋に受け入れていたが、自治会の圧力に負けてしまう。夫のミンソンが頼りなく、何色にでも染まっていく人間であるのに対して、妻のミョンハは限りなく善良だ。真冬のソウル。食べ物も水もわずかしかなく、誰もが善良では居られないような環境で、善良であろうとする人間と、堕ちていく人間の落差が浮き彫りになる。
非常時に登場したリーダーが、人々をミスリードする話は風刺劇として面白い。特に本作は、普通の人間に起きる心理変化を描いているので、教訓に富む。兵役経験者たちが暴徒になり、兵役免除された男が人間的な行動をとるエピソードには、オム・テファ監督の軍隊へのまな差しがあり、ヨンタクに扮するイ・ビョンホンには第二次大戦で現われた、ヒトラーのイメージが重なる。
しかしたとえばスウェーデンのリューベン・オストルンド監督の『逆転のトライアングル』も、悲劇の後に訪れた無秩序や混乱を描いたが、無秩序の中でリーダーになったのは意外な人物で、ドラマそのものを盛り上げた。それに比べると、本作が造形した人物ヨンタクは、最初からいわく因縁がありそうな人物で、観客にもあらかじめ半分ほど種明かしがされている。ヨンタクに扮するイ・ビョンホンの、確かな演技力でラストまで突っ走るのだが、スリラーとしては意外性が足りない。
むしろここで、オム・テファ監督が最もち密に演出したのは、人間らしさを失わないミョンハではなく、夫のミンソンと、狂気のヨンタクではないのだろうか。家を持つことや結婚することを諦める若者が増えているという昨今の韓国。おそらく、ミンソンとヨンタクは苦難を乗り越え家庭を持ったのだろう。だとしたら、2人の男の命運を描いた本作は、実は結婚も、家を持つことも礼賛していないところに、本当の毒と風刺性があるのかもしれない。

(2023年/韓国/130分)
配給 クロックワークス
©2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CLIMAX STUDIO, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

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