「火の鳥 エデンの花」

2023年 11月3日公開

手塚治虫のライフワークとなったシリーズ「火の鳥」望郷編のアニメ映画化作品が面白い。
地球から未開の星〝エデン17〟に移住して来た一組の夫婦ジョージとロミ。ジョージが事故で死んだ後、妻のロミは息子を産んでカインと名付けるが、エデンには、ロミ親子の他に人間が1人も居ない。息子の身を案じたロミは、冷凍睡眠カプセルに入るが、目覚めてみると1300年の時が過ぎていて、エデンに息子の姿は既に無かった—- 。
主人公のロミは、家族と生き別れになり、孤独に苛まれる。物語はロミが恐怖の中でサバイバルしていく姿を追っていく。
ここで女王となったロミを助けることになるのが、エデンの少年コム。彼はピュアで、作品に登場する他の人間達とは、対象的な存在だ。超能力を持つ新人類で、煩悩に翻弄されないコムは、小さな子供の姿をしている。手塚作品で言うと「ブラック・ジャック」のピノコや「リボンの騎士」のチンクのような体型で、昭和っぽいルックスが可愛い。しかし彼の本当の特徴は、奉仕と自己犠牲の精神だ。本来人間は自分の意志を持ち、自分の命を守るものだが、コムにはそれが無い。だから余計に悲しい。
主人公のために、それこそ地の果てまで補佐するコムのような脇役は、多くはロボットのキャラクターとして「火の鳥」の原作にも時々登場するが、コムは仮にも子供の姿をしているので生々しさが際立つ。「いざと言う時は、食べ物になれるので、ぼくを食べてください!」危機的な状況でコムが必死で叫ぶセリフはショッキングだ。
一見、荒唐無稽に見えても、手塚治虫の世界にはリアリティがある。利他の精神を持つコム少年は、利己的な選択をしがちな人類を裏返したかたちの異形なのだろう。「火の鳥」のシリーズが繰り返し描くのは人間の業で、環境破壊や、戦争を批判しているところに厚みがあり、ちっとも古くならない。戦争って何のことですか?手塚治虫なんか古いよ、と言える時代が来ればいいが、なかなかそうは行かないようだ。主人公ロミの吹き替えに宮沢りえ、コムに吉田帆乃華。本作の別バージョンの配信版「火の鳥 エデンの宙」が、2023年9月13日から配信中。
(2023年/95分/日本)
配給 ハピネットファントム・スタジオ
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