「こんにちは、母さん」
2023年9月1日公開
大企業の人事部長として働く神崎昭夫は40代後半。ある日昭夫は、親友に退職勧告をしなければならなくなる。頭を抱えた昭夫は久しぶりに実家の戸を叩く。昭夫の実家は足袋屋で、1人で暮らす母は、本業の傍らホームレス支援のNPOで働いていた。
会社から実家に足を向けた瞬間から、何かいいことが起きそうな予感がしている。この設定からして、家と家族に希望のようなものを託した人間ドラマだ。
希望の正体は、歳を重ねても元気でしっかりしている母親。母親・神崎福江役の吉永小百合は、山田洋次監督の「男はつらいよ 柴又慕情」(1972年・シリーズ第9作)にも出演している。「男はつらいよ」シリーズで描かれていた昭和の下町の世界は独特だ。寅次郎と妹のさくらのきょうだい喧嘩に、近所のおじさんが割って入るなど、都会の核家族のような密閉空間とは違って、人間関係の風通しがひどく良いものだった。
本作の舞台も下町。母のNPO仲間が実家の居間に上がり込んで、昭夫にそれとなくおせっかいを焼く。不安が渦巻く会社のシーンに比べて、足袋屋のシーンは生き生きしたトーンで、風通しのよい世界が描かれる。家は子育てをするだけの場ではなく、社会的な活動をする場になり、母親の役割を終えた吉永小百合は、第2の人生に情熱を傾ける。
朝原雄三と山田洋次のシナリオは、責任感で押し潰されそうになっている昭夫の心を、そんな風通しの良い人間関係の中で、緩やかに救おうとする。ウチにもソトにも問題山積の昭夫が、それですぐに救われる筈もないのだが。
母親の前で〝泣きごと〟が言えるキャラクターを演じた大泉洋が、はまり役だ。人は、ピンと張り詰めてばかりいると折れてしまう。「昭和」の昭に、夫と書いて昭夫、と読ませるのにも意味があるのだろう。昭夫のような柔らかい考え方が出来ないと、令和の日本もこの不景気も、乗り切ってはいけないのかもしれない。原作は永井愛の人気戯曲。
※この作品は、辻則彦、高橋聡も感想をアップしています。併せて、ご一読ください
(2023年/日本/110分)
配給 松竹
⒞2023 「こんにちは、母さん」製作委員会