「せかいのおきく」
2023年4月28日

4月になっても、冬の寒さと初夏のような暑さ。これも気候変動の影響なのだろうかと思う日々の中公開されるのが、映画美術監督の原田満生が発起人になった『YOIHI PROJECT』(良い日 プロジェクト)である。これは〝環境を守るために考えておきたい課題を、様々な時代と地域に生きる人間を主人公にして描く〟ことを掲げたもの。『YOIHI PROJECT』の作品は、制作に映画関係者だけでなく、自然科学研究者が連携しているのが特長だ。
人間の排泄物を資源として使い、循環型社会を確立していたという江戸時代末に舞台を設定した「せかいのおきく」は本プロジェクトの第一弾。糞尿を買い、肥料として農村に持ち帰る下肥買いの矢亮(池松壮亮)。彼が中次(寛一郎)をスカウトするところからドラマは始まる。中次は紙屑買いをしていた若者だが、矢亮と下肥買いの仕事をするうちに、武家育ちのおきく(黒木華)と恋に落ちる。カメラは、大都会の片隅で3人の若者が、悩みつつもしっかりと生きていく姿を映しだす。
中でも、最も生き生きと発言しているのが矢亮である。矢亮は江戸の庶民の糞尿を買い、農村に運ぶ仕事のベテラン。本作の主演は黒木華だが、循環型社会が人間の幸せの根本にある、というプロジェクトの観点で行くと、彼は実質的な主人公だ。『団地』『顔』『KT』『半世界』『一度も撃ってません』もちろん『どついたるねん』。映画作品リストの一部をあげるだけでも、とにかく手がける映画のジャンルも内容も幅広い阪本順治監督のシナリオは、時にこういう面白い人物を造形する。
話は変わるが、矢亮を見ていて思わず、日本の病院で働く若いヘルパーさん達を連想してしまった。今、外国から来た多くの若者がフォローしている分野だ。彼らが居なければ、いろいろなことが回って行かないだろう。人間は誰でも必ず老いていく。それを誰かが世話して、世話した人間もいずれ老いていく。これも社会の循環と捉えるなら、100年後の世の中をひっくり返すのは、彼らのような外国から来たヘルパーさん達ではないだろうか?。
劇中で矢亮は言う。「いつか俺が世の中ひっくり返してやるよ」「俺達が居なけりゃ世の中クソまみれだ」。阪本監督にとって、これは過去の映画との決別、そして新たな方向への出発の決意を感じさせる魔術的なセリフではなかったのだろうか。池松壮亮も名演である。

配給 東京テアトル、U-NEXT、リトルモア
© 2023 FANTASIA
http://sekainookiku.jp/

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