関心領域」

    2024 年5月24日公開

昨年の第76回カンヌ国際映画祭グランプリ作品。アカデミー賞国際長編映画賞、音響賞も射止めた人間ドラマ。実在のアウシュビッツ強制収容所の所長夫妻を通して、ホロコーストとその時代を鋭い社会観察のセンスで捉えている。
映像は固定カメラのロングショットを重ねて、ヘス一家の日常を描いていく。ちょっと見ると、セミドキュメンタリーのように見える映像は、最多で10台の固定カメラを使い、異なる部屋で俳優達が演じているシーンを同時に撮影していき、編集するという実験的な手法で撮影された。
一家が暮らす豪華な邸宅の隣には、強制収容所が建っているのだが、誰も全く気にしていない。自然光をふんだんに使った映像は、皮肉なぐらい明るく牧歌的で、この家に住む家族の心理を象徴しているかのよう。夫妻は休日になると、5人の子供達とピクニックに行き、使用人が美しく整えた家に戻ってくる。妻のヘートヴィヒと近所の住人との会話の中に、ユダヤ人の話は出て来るものの、彼らと自分達とは遠い存在だと割り切っているのが伝わってくる。
一方でドラマは、ヘートヴィヒと彼女の母親とのやりとりの中で、ヒトラー政権が樹立されて迫害が始まるまでは、ヘートヴィヒとユダヤ人には経済的なつながりがあり、ごく身近に生活していた人々だったことを示唆する。東屋や温室、プールがある2階建ての邸宅。夢にまで見た暮らしは、ヒトラーの命令に従うことで手に入ったもので、実は多くの人の犠牲の上に成り立っているのだが、ヘートヴィヒにその意識は全く無い。
ナチスの組織犯罪はたくさんの被害者を出したが、内部からの告発があれば、救えた命があったのだろう。ユダヤ人弾圧を見て見ぬふりをした人々と言えば、ヴェルディヴ事件を扱った「サラの鍵」があるが、欧米映画はこういうところに繰り返し、いろいろな角度から光を当てる。そして今、ガザの惨状が報じられている中で本作を観ると、ホロコーストだけにとどまらず、無関心であることの意味について深く考えさせられる。
ヘートヴィヒ・ヘス役のザンドラ・ヒュラーは、本作と同じ年のカンヌ国際映画祭で、パルムドールを受賞した「落下の解剖学」にも出演。アカデミー賞では主演女優賞にもノミネートされ、今ヨーロッパでトップを走る才能ある女優。売りのクールな感情表現で今回も存在感ある演技を披露している。監督は「記憶の棘」「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」のジョナサン・グレイザー。

(2024年/アメリカ・イギリス・ポーランド/105分)
配給 ハピネットファントム

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