「PERFECT DAYS」

2023年12月22日公開

公共トイレは都市生活の重要なインフラだ。いろいろな物資の配達員も、清潔な公共トイレ無しには働けない。それほど重要な仕事であるにもかかわらず、何故かこれまでトイレの清掃人に、これほどしっかりと光が当てられることは無かった。もしかとたら私たちの側に「下」の話は高尚な題材ではない、という先入観があるのかもしれない。それを打破したよい例が、今年公開された阪本順治監督の「せかいのおきく」で、江戸時代の下肥買い、という重要な仕事をスクリーン中央に引き出した。そして本作「PREFECT DAYS」。ドイツ出身のヴィム・ヴェンダース監督は、私たちの日常の盲点を、鋭く優しい社会観察のセンスで異化してきた監督だが、今回は舞台が日本であるだけに新鮮な驚きの連続だ。
舞台となっているのは東京・渋谷。主人公の平山(役所広司)は公共トイレの清掃人。早朝に眼を覚まし、トラックで大好きな洋楽を聞きながら、トイレ掃除をしに行くのが彼の毎日の仕事である。
平山は公園や道路脇に建つトイレの中に入っていき、床を清掃し、便器を清潔にする。床に落ちたゴミをさっと素手で拾うシーンに、彼の熟練ぶりが見てとれる。まだ仕事に不慣れな、若い同僚と手分けして一連の作業を終えると、公園で簡単な昼食を済ませて、風呂屋へ。淡々と仕事をこなして家路を急ぐ平山に悲壮感はまるで無く、横顔には満ち足りた表情が浮かんでいる。午後は古本屋や、馴染みの店へ。勤勉だが、時間に追われていない平山は、少々浮世離れして見える。
劇中では、平山が掃除しているトイレに、サラリーマンやタクシー運転手が駆け込んで行く姿が描かれる。誰も平山の存在を気にかけない。平山の社会的な地位は低く、物語は高級車に乗った平山の妹を登場させることで、階級の違う2人の人間を描き、分断された2つの世界を表現する。
世の動きは「もっと速く、もっと大量に」の競争に私たちを駆り立てるが、その競争を降りた人間は、一体どうなるのだろう?ヴェンダース監督は、平山が住む古いアパートを、小さな図書室のように演出し、平山が読書する静かな時間を捉えている。一見、本の世界に引きこもっているように見えて、実は、世界の動きを学ぶ豊かな時間を手にした男なのではないか。そんな羨ましい印象を受けた。主演の役所広司は、「すばらしき世界」でもゼロから出発する人間を好演したが、今回もハンフリー・ボガートのような憂いの瞳で、汗にまみれて生きる人間の内面を熱演。本作でみごとカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した。
(2023/日本/124分)
配給 ビターズ・エンド
©2023 MASTER MIND Ltd.
Perfectdays-movie.jp

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