九月花形歌舞伎
「新・水滸伝」
2023年9月3日~9月24日
京都・南座

中国四大奇書の1つである「水滸伝」を下敷きにした歌舞伎。もともとは市川猿翁が主宰した二十一世紀歌舞伎組の演目として上演され、私も2013年に大阪の新歌舞伎座で観た記憶がある。それが今回、出演者、装いも新たになって上演された。
歌舞伎には登場人物の関係、因縁が複雑なものが多いが、これは驚くほど明快。中村隼人が演じる林冲(りんちゅう)は「天下一の悪党」とされているが、それはその時代に支配する権力からの視点。梁山泊(りょうざんぱく)を拠点にする市川中車が扮する晁蓋(ちょうがい)と手下たちも同じで、襲い来る朝廷軍に果敢に向かっていく姿が一貫して描かれていく。登場人物が「自己紹介」することで、他の人物との関係性や〝立ち位置〟がよくわかるのもいい。しかも、ふだんは歌舞伎では使われることがない西洋風の音楽もバックに流れ、感情を盛り上げる。さらに、立ち回りに迫力とスピード感を増幅する効果をもたらしているのが、歌舞伎独特の「ツケ」。舞台上手(向かって右)の端で、2本の木を板に打ちつけて音を出すことを言う。これが多用され、立ち回りにはテンポよく、そして随所に「どうだ!」とばかりに見せるストップモーション、見得の瞬間が強調される効果を生み出している。極めつけは「宙乗り」。晁蓋たちの窮地を、竜に乗って駆け付けるという設定は荒唐無稽ではあるが、この作品には無理がない。
隼人は堂々として頼もしい主役。一躍、脚光を浴びた市川團子もいい役どころ。二十一世紀歌舞伎組の頃からさらに経験を積んだ澤瀉屋一門の面々も、それぞれの個性を発揮しているなか、願わくば、中車の見せ所はもう少し欲しかった。 歌舞伎という枠を超える、エンターテインメント作品となっている。
〈あらすじ〉12世紀初頭、中国・北宋の国。天下一の悪党・林冲(中村隼人)は牢に繋がれていたが、悪党を束ねて、梁山泊に根城を構える晁蓋(市川中車)が腹心の公孫勝(こうそんしょう=市川門之助)に林冲を助け出させる。梁山泊の仲間とそりが合わず、酒浸りの日々をおくる林冲に、隣町・独龍岡(どくりゅうこう)の若き跡取りが攻撃を仕掛けてくる。その背後は、朝廷の重臣である高俅(こうきゅう=浅野和之)率いる朝廷軍が控えていた。梁山泊の猛者たちが闘いに繰り出すなか、林冲が兵学校の教官をしていたときの教え子で、今は朝廷軍の兵士となった彭玘(ほうき=市川團子)が密かに、林冲から授けられた「替天行道(たいてんぎょうどう)」の書を捧げて下山を迫るが、それも林冲は邪険に扱う。一方、朝廷軍は林冲と梁山泊もろとも踏みつぶそうと目論んでいた。
作・演出・横内謙介、演出・杉原邦生、スーパーバイザー・市川猿翁
(C)松竹

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