大阪の夏を彩る

2023年7月3日~25日
大阪松竹座

関西では毎年、歌舞伎興行に関して2つの大きな「節目」があり、移り行く季節を感じさせる。1つは12月に行われる京都・南座の「顔見世興行」。出演する歌舞伎俳優の名前を勘亭流で書いた「まねき」がその前月に劇場に揚がると、歌舞伎にあまり興味のない人でさえ「もう師走だなあ」と感じさせる。そして、もう1つが7月に松竹座で上演される「七月大歌舞伎」。いまほど隆盛ではなかった1974年、上方歌舞伎を盛り上げようと行政、経済界、労働界、学者文化人、市民らによるボランティア活動を軸に立ち上がった「関西で歌舞伎を育てる会」が、盛り上がる気運を受けて1992年に「関西・歌舞伎を愛する会」と名称が変わって31回目の興行。「顔見世」が「まねき揚げ」とすれば、この公演は俳優たちが船に乗って、人々と交流する「船乗り込み」。コロナ禍もいちおうの収束へ向かい、今年は水都・大阪の夏の風物詩として盛り上がった。昼夜5演目について、感想をアップする。
〈昼の部〉
「吉例寿曽我」=開場100周年の大阪松竹座を祝うめでたい演目で幕開き。中村隼人、中村虎之介と東西若手俳優による勇壮な「鶴が岡石段の場」から「大磯曲輪外の場」へ舞台装置がダイナミックに転換し、空気も変わるのもみごと。
「京鹿子娘道成寺」=「聞いたか~聞いたか」という所化(しょけ=修行僧)たちの軽妙な掛け合いで始まり、鐘の上に乗った白拍子のラストまで。尾上菊之助のあでやかさが際立った。
「沼津」=旅の途中で知りあった呉服屋の十兵衛と荷物担ぎの平作、その娘・お米との触れあいを描く。十兵衛を中村扇雀、平作を中村鴈治郎、お米を片岡孝太郎と、上方がそろい、前半はお米に一目惚れした十兵衛の様子がおかしく、そして後半には意外な真実が明らかになっていく…。和事で鍛えた3人だけに、抑えた演技のなかに、その時代に生きる人々の宿命、哀しさが伝わってくる。

〈夜の部〉
「俊寛」=鬼界ケ島に流罪となった俊寛を描く近松門左衛門作品。まるで、シェイクスピア作品、それも孤独な老人を主人公にした「リア王」をなぜか頭をよぎる。閉ざされた世界のなかに、数人と暮らす俊寛に「赦免船」が届く。ようやく島を出られると一瞬喜ぶが、赦免状に名前がない。それでも隅から隅まで探し、裏返しもする姿はリアルで、彼の心情が切々と伝わってくる。このように、片岡仁左衛門が扮する俊寛は、品格ある所作、様式と共に、生身の人間とシテリアリティーを持って演じる。花道、すっぽんを海面と模した舞台装置と終盤、これも壮観であるだけでなく、海に入ってまでもここを出たいという表現。改めて
めて、歌舞伎は演劇だ!と感じる舞台だった。
「吉原狐」=これは、ウエルメイド(よくできた)歌舞伎(作・村上元三)。吉原を舞台に、気風がよく、早とちりの芸者・おきちと父・三五郎をめぐる騒動を描いている。おきちを演じるのは中村米吉。女形と忘れてしまうほど自然体できれい、艶っぽい。偉そうにする男は嫌いで、弱みを見せた時について惚れてしまうという設定。は旗本(市川染五郎)、材木商(中村隼人)といった〝イケメン〟が、鬢(後頭部から耳裏)をなでる仕草をすると効果音とスポットがあたる?コメディーにも使われる「ル―ティーン」という手法が楽しい。さらに、旗本が手配書が回っている旗本が、三五郎の家に来て「お邪魔するぞ」と言うと、三五郎が「邪魔するなら来ないでくれよ」とぼそっとつぶやくのにも笑った。共演者も役柄をよくつかんでいて、珍騒動のおける「受け」も見事で、さらに芝居を盛り上げていた。余談だが、米吉は昨年12月、水の精に挑んだ「オンディーヌ」(作・ジャン・ジロドゥ)に挑戦、プログラムに寄稿したこともあり観劇し、舞台人としてのすぐれた才能を感じたが、今回の作品でさらなる可能性を実感した。
写真は「俊寛」を演じる片岡仁左衛門
(C)松竹株式会社

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