「こんにちは、母さん」
2023年9月1日から、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマほか全国で公開

松竹100周年、山田洋次監督(91歳)90本目の監督作品、主演の吉永小百合は123本目の映画出演と、縁起の良い数字が並んだこの作品。生死にかわるようなドラマチックな展開はなく、東京の下町に暮らす〝いい人たち〟が織り成す人情ドラマ。とはいっても、会社員にとっては「死活問題」、退職を迫られる者と職務のためにそれをしなければならない者の苦悩と互いの葛藤も等身大で描かれている。同名戯曲の原作を書いたのは永井愛というのに、なるほど…。同名舞台は観ていないが、(テレビドラマは観た記憶が)、永井が戯曲を書き、主宰している劇団二兎社公演は、できるだけ観るようにしている。近年では卒業式での国家斉唱を題材にした「歌わせたい男たち」、テレビ局のタブー?に迫った「ザ・空気3」など、骨太のテーマを声高ではなく日常的な暮らしのなかで、問題提起していく姿勢が貫かれている。これは、言うまでもなく山田作品に共通するもので、国民的娯楽映画シリーズである「男はつらいよ」シリーズにも、寅さんをめぐる笑いのなかに毎回、鋭いメッセージも込められていた。
この映画のキーワードは「足元」。要所要所に、「脚」ではなく、足首から下の「足」が象徴的に表現されている。まずは、吉永がふんする福江がいまも営んでいるのが「足袋屋」という設定。スカイツリーが見える土地で、近隣の人たちとの交流でこの商売が成り立っているというところに、忘れつつある(下町)人情を全編に漂わせる。また寡黙だった亡き夫で足袋職人との「足」をめぐるエピソードもいい。余談だが、亡き夫は映画では顔がちゃんと映っていない写真や仕事をする手元しか登場しない。エンドクレジットも注視したのだが、発見できず。私は出演している宮藤官九郎の友人(M・H)と推測するが、当たるも八卦…。もう1つ、息子・昭夫(大泉洋)の生活信条を象徴しているのが、娘の舞(永野芽郁)がささやく「お父さんは、いい靴にこだわる」という言葉。つねに常識、自分なりのセンスを大切にする彼の生活をさりげなく描いている。
大手会社の人事部長のそんな昭夫を、まだまだ心配し続ける母親の福江。ことさらに自己主張することなく、つつましやかに暮らしている姿は、まさに「日本の母」。そんな彼女が珍しく心情を吐露する場面。カメラは表情をアップでとらえるのではなく、古い家屋のすみから、引き戸などの向こうにいる福江の独白をとらえていて、それがドラマということをつい忘れてしまう。さらに、胸に迫まったのは、神父の直文(寺尾聰)との別れの一言。思わず本音を言った後に、とりつくろうとする気持ちが胸に迫った。
退職を迫られる昭夫の友人・富幸役の宮藤官九郎、過酷な過去を持つイノさん役の田中泯ら、的を得たキャスティング。観終わって、ほのぼの、そして切ない気持ちになる佳作だ。配給・松竹
(C)「こんにちは、母さん」製作委員会
※この作品に関しては、高橋聡、岩永久美も感想をアップしています。併せて、ご一読ください。

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