「PLAN 75」
2022年6月17日から全国公開

今年のカンヌ国際映画祭で新人監督賞スペシャルメンションを受賞した早川千絵監督(44)の「PLAN 75」(ハピネットファントム・スタジオ配給)が17日から全国公開される。近い将来、超高齢化問題の解決策として施行された「プラン75」を選ぶ孤独な女性を描いた衝撃作。ヒロインを演じた倍賞千恵子(80)の魂の存在感が大きな見どころになっている。
倍賞と言えば「男はつらいよ」シリーズで寅さんの妹・さくらを演じた国民的女優で、同作の山田洋次監督とのコンビ作などで松竹の看板を担ってきた。「下町の太陽」(1963年)「霧の旗」(65年)「なつかしい風来坊」(66年)「家族」(70年)「幸福の黄色いハンカチ」(77年)など枚挙に暇がない。何よりもアウトローの兄・寅次郎(渥美清)のトラブルを見守った妹・さくらの視座は女優・倍賞自身のそれと重なる。
今回の主人公・角谷ミチ(倍賞)は78歳。ある日、高齢を理由にホテルの客室清掃の仕事を突然解雇される。夫と死別しひとり暮らしのミチは、住む場所も失い、市役所にある「プラン75」という制度の申請書を手にして静かに決意する。それは満75歳になると生死の選択権があり、死を選べば施設に入り、誰の世話にもならずそれが叶えられるという制度。その日が来るまでコールセンターのスタッフ・瑤子(河合優実)と電話で会話するだけで、淡々とその時間を過ごすミチの表情を、早川監督はただひたすら見守る。
またプランの申請窓口で働く青年・ヒロム(磯村勇斗)が、そこに叔父に当たる老人(たかお鷹)が来て驚く。映画は瑤子とヒロムの視点で、ミチと男性老人の静かな時間を追い、次に起こる事象を待つことになるが、それが不条理なだけに、若者2人の動揺がスリリングで早川監督の心象と重なっているのは間違いない。ミチは瑤子に最後の電話をして、何かかが変わっただろうか。
倍賞千恵子がそれまで生きてきた女性の内面を秘めて、その表情に決して諦観はない。「家族」で、70年大阪万博の会場を、大家族を背負って歩いた主婦・民子の姿を思い出す。78歳のミチの今の環境に温かみは皆無だが、倍賞自身の過去を振り返れば、女優としての魂が解き放たれるのではなかろうか。数少ない言葉と表情の中で、これだけミチの内面が際立つのは、女優・倍賞千恵子ならであろう。
カンヌ国際映画祭の受賞は、こんな世界を作り出してはいけないという共感が少なくなかったろう。

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