「スープとイデオロギー」

                  2022年6月11日公開

 家族の象徴としての「スープ」。それぞれが持っている思想「イデオロギー」を並べたタイトル。「思想や価値観が違っても一緒にご飯を食べよう。殺し合わずに共に生きようという思いを込めた」(ヤン・ヨンヒ監督)という絶妙のネーミングだ。「ディア・ピョンヤン」(2005年)に始まるヨンヒ監督の一連の映画は、朝鮮総連で活動していた両親を持つ家庭に育った環境、人物をテーマにしながら、メッセージを「声高」に訴えるのではなく、淡々と日常を綴ることで、市井の人が抱える想い(思想も含めて)を浮き彫りにしていく。

 今回は、夫を亡くして、1人暮らしをしているヨンヒ監督の母にカメラを向けている。息子たちは「帰国事業」で北朝鮮に暮らし、その家族に借金をしてまで送金している。ある意味では、北朝鮮の存続に「加担」しているのは否定できないのだが、母の心情を想い強く批判することはできない。さらに、母は18歳の時に韓国で起こった「済州4・3事件」に遭遇した過去があった。

 ヨンヒ監督の婚約者が初めて家を訪れてくる時、母は鶏まるごと1羽を煮込む料理を作りもてなし、婚約者はそのスープに舌鼓を打つ。そこにはイデオロギーは関係なく、「ある家族の風景」がある。そして母は、インタヴューで「4・3事件」の実体験を話したのを境に、認知症が進んでいく。亡き夫がまだ家にいると信じ込む様子など、ここからは、家族の問題(「スープ」))の要素が濃くなっていき、映像を通して親近感が増してきた母の様子が第三者ながら心配になってくる。

 ほのぼのとした描写と過酷な真実。まるで真逆のことのように思えるが、考えてみると、これほどのことはないにしても、人はそれぞれ「過去」を引きずりながら、日常生活をおくっているのを改めて思わせてくれる。

映画『スープとイデオロギー』 (soupandideology.jp)

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