「當る午歳 吉例顔見世興行」
2025年12月1日~25日
あわただしく過ぎていく日々、つい月日の経つのを忘れてしまいそうになるが、毎年この時期に、南座へ行き「顔見世」を観ると、今年も師走を迎えたのを実感する。劇場外観には歌舞伎俳優たちの名前を勘亭流で書き上げた「招き」が揚がる時期が来た。私が観劇した昼夜を観劇したのは12月2日、開幕して数日は、吉例の京都花街の芸妓、舞妓らが一同に観る「総見」(そうけん)があり、昼の部は桟敷席にずらりと並び、いっそう華やいだ空気が漂う。そんななか、今年は八代目尾上菊五郎、六代目尾上菊之助 襲名披露もあり、さまざまな趣のある演目がそろった。
〈昼の部〉
◇醍醐の花見(だいごのはなみ)
幕開けは桜満開の醍醐寺を舞台にした舞踊劇。中村鴈治郎、中村扇雀ら成駒屋、片岡進之介、片岡孝太郎ら松嶋屋といった上方歌舞伎俳優たちがそろった。歴史上有名な人物がそれぞれ舞うのだが、中村鴈治が演じる豊臣秀吉が、扇雀の北の政所が舞う合間をぬって、孝太郎の淀君を傍に寄せて笑顔を浮かべる姿がおかしく、秀吉の人間味をうかがわせる。
〈みどころ〉花の名所として知られる、京都の醍醐寺。天下統一を成し遂げた豊臣秀吉が、北の政所や淀殿ら豊臣家ゆかりの人々を招いた盛大な花見の宴を催します。秀吉たちは、盃を傾けたあと、桜を愛でつつ舞い踊ります。
◇一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)
檜垣
奥殿
松本幸四郎が扮する一條大蔵卿という人物を「檜垣」「奥殿」で、〈違った顔〉を見せる。「「檜垣」では愛嬌あふれる阿呆ぶりでおかしさを誘う、ただし、そんななかでも、花道で顔を隠した扇の陰から一瞬だけ〝真実の顔〟を垣間見せたのは見逃してはいけない。続く「「奥殿」では、さっそうとした姿で登場。まったく違う人物のようでありながら、一貫した人間性を感じさせる芝居が求められる難役を巧に演じている。
〈みどころ〉平家全盛の世。公家の一條大蔵卿は、能狂言にうつつを抜かし、人々から阿呆と噂される人物。大蔵卿は源氏の棟梁・源義朝の愛妾であった常盤御前を妻に迎えています。源氏の忠臣・吉岡鬼次郎とその妻お京は、常盤御前の源氏再興の思いを探るため、大蔵卿の館に潜り込みますが…。
この幕間に舞台には富士山を前に立つ赤と黄色の生き物をデザインした、八代目尾上菊五郎、六代目尾上菊之助 への「祝幕」が掲げられた。仏・パリで創業した「MOYNAT」との協業でグラフィックデザイナー・永井一正氏と(株)日本デザインセンターが原画を担当した斬新なもの。私は「連獅子」を想像したが…。
◇玉兎(たまうさぎ)
襲名披露狂言として、六代目尾上菊之助が満月を背景に、餅をつくうさぎ清元で舞う。舞の正確さはもちろんのこと、指先、微妙な顔の表情も駆使して表現する舞踊劇。客席からは「かわいい!」という声が漏れていたが、それだけない「芸」の修練ぶりがうかがえた。
〈みどころ〉月に住む兎が、薄の広がる野原で餅つきをしています。狸と兎が討ち合う立廻りを、爺、婆をまじえてみせたあと、中秋の月夜に浮かれた兎は、いつまでも遊び呆けるのでした。
◇鷺娘
八代目尾上菊五郎による襲名披露演目。歌舞伎の長唄舞踊のなかでも名作と言われるもので、映画「国宝」にも一部が登場したことで、さらに知られることになった。
着物の「引抜」(ひきぬき)によって一瞬で変化、色鮮やかな様々な衣装で舞う鷺の精。バレエ・ダンサーとして一世を風靡したアンナ・パブロワの「瀕死の白鳥」を観た六代目尾上菊五郎が、鷺が息絶える様子に感激、その型で演じたといわれ、八代目もそれを踏襲している。それもあってか、歌舞伎舞踊であるとともに、バレエを観ている気にさえなり、改めて「芸術に国境はない」と思わせた。最期の長唄三味線と横笛が効果的。
〈みどころ〉しんしんと雪の降る水辺に、白無垢姿の娘が佇んでいます。蛇の目傘を差したこの娘は、人間の男との道ならぬ恋に思い悩む鷺の精で、切ない恋心を次々と見せていきます。恋する男と結ばれた頃の昂揚感から、やがて恋の妄執が甦り…。
◇平家女護島(へいけにょごのしま) 俊寛
舞伎といえば「様式美」の様相も強いが、この作品は歌舞伎以外の演劇・ストレートプレイととらえても違和感はあまりない。赦免船で鬼界ヶ島に来た人々は歌舞伎独特の衣装、言い回しだが、その一方で流罪されている俊寛らは質素な衣食住ということもあって、リアリティーがある。そして、なによりも片岡仁左衛門の演技は「自然」。若者たちが結婚するのを聞き、自分のことのように喜び、慈悲の笑みを浮かべる姿。また、理不尽な措置に怒りをぶつける様子は、時代を超えて普遍的な心理。去っていく赦免船を断崖絶壁で眺め、さらに海にまで入る幕切れは無念さがひしひしと伝わってくる。
瀬尾太郎兼康を演じる予定だった片岡亀蔵の不慮の死が惜しまれる。
※片岡仁左衛門(俊寛)、中村勘九郎(丹左衛門尉基康)のAプロ=12月1・2・5・6・10・11・14・15・19・20・24・25日.
※、中村勘九郎(俊寛)、坂東巳之助(丹左衛門尉基康)のBプロ=12月3・4・7・8・12・13・16・18・21・22・23日
〈みどころ〉絶海の孤島、鬼界ヶ島に流された俊寛。平家打倒の密議が露見し、丹波少将成経、平判官康頼とともに流罪となり、3年が経ったある日、島で出会った海女の千鳥と成経が夫婦になるというので、皆でささやかな祝言を挙げます。そこへ水平線の彼方から船影が。そろって都へ帰れると喜びあうのも束の間、赦免船から現れた瀬尾太郎兼康が読み上げる赦免状には成経と康頼の名前だけで、俊寛の名前はなく…。
写真は八代目尾上菊五郎による「鷺娘」