「愛はステロイド」
2025年8月29日、大阪ステーションシティシネマほかで公開
 
闇のビジネスに手を染める父を持つ娘が、父の影響下から逃れ、自分の人生を築いていく物語。カリスマ性と実力を兼ね備え、短編映画で映画監督デビューも果たしたクリステン・スチュワートを主役に据えた作品で、見ごたえがあります。
ドラマはニューメキシコ州の田舎町で始まります。町の一角にある「クレータージム」の職員・ルーは、レズビアンをカミングアウトしている人物。ある日、ふらりと町にやって来たボディビルダーのジャッキーと恋に落ち、一緒に暮らすようになります。ラスベガスのボディビル大会に出場しようと、体を鍛えるジャッキーを応援するルー。しかしルーの愛は、皮肉なことにジャッキーを悪い方向へと導いていきます。ここからはネタばれがあるのでお気を付けください。
 まず、ジャッキーですが、脚本は“子供の頃に外見を揶揄されるといういじめに遭って、反撃することを覚えた”と本人に語らせています。いじめとの闘いの中で陥りがちなケースは、加害者の間違った価値観を、被害者が内面化してしまうことです。その点、ジャッキーは加害者の価値観を撥ねのける、という抜群の選択をした人物と言えます。彼女の背中に盛り上がった筋肉が、肉体的にも精神的にも鎧の役割を果たして来たことが伝わる設定なので、後半の過激な展開が理論的に崩れにくくなっています。しかし、これだけではストーリーに問題が生じてきます。反撃することを覚えた少女が長じて粗暴になり、モラルを失ったかのように見えると、ストーリー上でいじめの被害者を二重に貶めることになりかねません。
現にジャッキーは後半、凶暴になっていきます。ところが、脚本家は彼女が凶暴になっていくシーンの前に、ステロイドの使い過ぎという要素を織り込みました。ルーから勧められるままに注射し、歯止めが利かなくなっていく人間崩壊のプロセスは、ドラマの重要なポイントで、大きな転換点になっています。
もう一人の重要人物に、ルーの父・ルー・シニアが居ます。演じているのはアメリカ映画界の名脇役エド・ハリスで、入念に作り込んだ外見が『ノーカントリー』のハビエル・バルデム以来の迫力です。登場する時間が長い割に台詞は少ないので、外見でモラルからの逸脱を表現する必要があったのでしょう。
 ローズ・グラス監督は演出する前に、デヴィット・クローネンバーグの『クラッシュ』やヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』など、いくつかの映画リストを作って出演者達と共有したと言います。劇中では、ルーの父を含めて心に闇を抱えた登場人物達が複雑に絡み合っていきますが、実は主人公ルーも“白”ではありません。悪人がたくさん出て来るのに、物語には何故か魅力があり最後まで引っ張られます。言うなれば、全盛期のクエンティン・タランティーノを彷彿とさせるような、針の振り切った面白さに仕上がっていました。
(2024年/104分/イギリス・アメリカ)
配給 ハピネットファントム・スタジオ
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