「私はあなたを知らない、」
2026年8月28日、大阪ステーションシティシネマほか全国公開
ゴム手袋工場の契約社員として働く28歳の西山夕平(坂口健太郎)は、身寄りのない一人暮らし。週に一度、高級生食パンを食べることを楽しみに、規則正しい日々を送っていた。
ある日、工場に新しいパート職員・紗月(堀田真由)が入ってくる。積極的に夕平に近づく彼女は、食パンをきっかけに親しくなり、彼がパン切り包丁を持っていないことを知ると、翌日、自分の包丁を持参。「必要なくなる時まで借りる」という約束を機に、二人の交際は始まった……
原案・脚本・監督は、「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016)で日本アカデミー賞はじめ数々の映画賞に輝いた中野量太監督。「浅田家!」「兄を持ち運べるサイズに」など、どの作品でも、セリフだけでなく表情や動き、カメラワークで登場人物の心の機微を繊細に描写して、見ている私たちに、彼らの心の行間を推察させてきました。
10年ぶりの完全オリジナル作品の今作では、最初の20分くらいで、夕平と紗月の関係がどう進むか、大体見当はつくものの、この20分余りに時間軸の違うエピソードを平行させる心憎いトリックが。
夕平は、「枯れない愛」という花言葉のサボテンを持って、紗月の家を訪れます。その時、彼女が5歳の娘を持つシングルマザーであることを知り、紗月と娘・朝子(倉田瑛茉)との生活が、今まで“家族”という形に触れることなく淡々と生きていた彼の心を少しずつ開かせるのでした。
〝時間〟が重要な鍵を握る本作には、その象徴として、建設予定のスカイツリーや、花が咲くのを心待ちにさせるサボテン、また事件のきっかけとなるパン切り包丁、運動会、クレヨンなど様々なモチーフが印象的に散りばめられ、それらが後半、大きな意味を持って、私たちの感情を揺さぶります。
さらに、夕平や朝子の性格を浮き彫りにする個々の生活のディテールが、彼らを身近な隣人のように感じさせ、不器用な夕平が幼少期の朝子と過ごす場面では何度も泣かされました。
寂しさや憂いを漂わせる坂口健太郎さんの演技は、家庭の温もりへの執着が罪の引き金となる孤独な青年を、強さと弱さを綯い交ぜにした繊細さで見事に体現。20~40代までを演じ切り、演技巧者であることを立証しました。また、朝子役の早瀬憩さんの生き生きとした表情の変化に目を見張ります。
気になったのは、最後に「、(読点)」がついたタイトル。あの日、一体何があったのか? その真実が明らかになった時、どんな結末を迎えるのか?
これらの疑問が大きな吸引力となって、胸を震わせながら、ラストまで見入ってしまいました。
〈解説〉殺人容疑で逮捕された孤独な青年と、母を奪われた娘が13年の時を経て対峙する本作は、“家族”をテーマに作品を撮り続けてきた中野量太監督が、日仏共同で製作した最新作。
「母を殺した男」と「被害者の娘」という、交わることのない二人の運命をサスペンスフルに展開させ、優しさと残酷さを滲ませた。
〈キャスト〉夕平=坂口健太郎、朝子=早瀬憩、紗月=堀田真由、幼少期の朝子=倉田瑛茉、事件当時の弁護士=滝藤賢一、朝子の祖母=原田美枝子
©IDKYPs./Pyramide Productions
配給:クロックワークス
森川みどり(シネマコミュニケーター・タレント)
ABCラジオ「兵動大樹の ほわ〜っとエエ感じ。」TV「おは土」朝日新聞での映画紹介やインタビュー、舞台挨拶のMCなど関西を中心に活動中。Podcast 「好きなことしか喋らへん」YouTube「シネマへようこそ」【著書】「シネマなお仕事」