「四月の余白」
2026年6月26日 公開
『ヒメアノ~ル』『ミッシング』などの𠮷田恵輔監督が、実体験を基に描いた『四月の余白』が公開中だ。主人公の西健吾役には一ノ瀬ワタル。中学3年生の海斗役に上阪隼人が扮し、メンターと青年の葛藤が描かれた人間ドラマには、どんな想いが込められたのか、𠮷田監督に伺った。
(Q)主演の一ノ瀬ワタルさんと上阪隼人さんは、どのようにキャスティングされたのでしょうか?
(𠮷田恵輔監督)「西健吾のキャラクターを考えた時に、一ノ瀬ワタルさんがパッと頭に浮かびました。一ノ瀬さんは映画初主演ですし、よく主演をやっている方の方が安心感はあるのかもしれないですが、イメージから言うと一ノ瀬さんなので、彼で行きましょう、ということになりました。逆に、海斗役の上阪隼人さんはどこに行っても誰とでも喋っている。本作は子供達がいっぱい出演していますが、現場で初めて会うような関係性だと、距離が縮まるのにけっこう時間がかかるんですが、上阪さんとはみんな喋っていて、気づいたら輪になっていたりしました。彼はオーディションに来てくれて、抜群に面白かったし実際は凄い好青年なんですが、芝居をしたら〝これは海斗だね〟となったんです。一卵性の双子の弟が居て、弟さんも役者をやっています。別件があったのかオーディションには来なかったんですけどね。」
(Q)本作のテーマは〝対話だけではどうにもならない子供とどう向き合えばいいのか〟ですね。劇中には今の時代のコミュニケーションが描かれていて、海斗のスマホが印象的に使われていました。
(𠮷田監督)「海外ではSNSを法律で禁止する国も出ていて、これが今後どう広がるのかわかりませんが、正直、禁止しても違う物が出て来ちゃうでしょうし、多分、子供達ならいくらでも思いついちゃうから、規制をかけてもそんなに効果は無いんじゃないかな、という気はしています。」
(Q)劇中では中3のクラスを受け持つ草野先生が、海斗の指導に悩みます。先生役の夏帆さんの演技は凄まじかったですね。撮影中何かアドバイスをされましたか?
(𠮷田監督)「夏帆さんはデビュー当時から清楚で、わりと大人しいイメージだったので、そこを崩したいなと思いました。職員室で心理的に追い詰められて、自分の髪をブチッと抜く所は、感情を盛り上げないといけない。でも最初の台本の台詞だけではそこまで盛り上がらなかったので、現場で相手役の先生に、〝ちょっとこういうことも言ってみて〟と、ストレスがたまるようなことを追加して言ってもらったら、うまく行きました。ただ、夏帆さんが髪の毛を抜く時に、ウイッグと自分の髪を馴染ませている所から抜くワケですが、下手をすると抜く時に自分の髪も引っこ抜いちゃうじゃないですか。頭をかきむしりながら、自分の手で探らなきゃいけないので、冷静な手の動きと、感情を盛り上げるのとで、両方をやるのは難しいだろうなと思いました(笑)。」
(Q)西健吾、海斗、海斗の両親、海斗の先生、と主要人物の描写が皆、ぶ厚いですね。劇中の台詞についてなんですが、一番怖かったのが海斗の台詞で「先生、人が痛くても、俺ちっとも痛くないんだけど」です。
(𠮷田監督)「俺の学生時代に、その手のタイプが何人か居て、彼らを集合させて海斗のキャラクターが生まれました。リーダー・タイプではなくて、ケンカが強くないコバンザメみたいなのに、その手のタイプが多かった。」
(Q)残酷なところのある海斗に、西健吾が関わって、関わって、やっとコミュニケーションが成立するところを描いておられました。あの時の西の台詞は、じいんと来ました。〝何で俺に関わるの?〟みたいなことを海斗が聞くと「お前の味方だからだろ、バカか」。ああいう台詞をAIは言わないだろうな、と。
(𠮷田監督)「西は西で、大人なんだけど海斗と同じ目線を持っているから、素直にそういう風に言える人間なんだろうな、と思いながら書きました。大人だともっと大人っぽいことを言いそうだし、AIでももうちょっと、ちゃんとしたこと言っちゃいそうな気がする。ただ、AIの問題は本当にヤバいと思いますが、SNSしかりAIにしても始まった文化ってものを戻すことは出来ない。俺らはAIが始まった世代なので違和感を感じているけど、今の子供達は全く違ったところでスタートしてるので、デジタル・ネイティブの世代が、どういう風にいい方向に発展させられるのかな、とは思います。」
(Q)本作の更生施設には、70~80年代の戸塚ヨットスクールのイメージが入っているということなんですけど、戸塚ヨットスクールは、2010年にドキュメンタリー映画『平成ジレンマ』で取り上げられて、問題の本質はどこにあったのか問い直されましたね。本作では母親役の占部房子さんが、ぎりぎりまで立ち向かっている人物として描かれています。
(𠮷田監督)「『平成ジレンマ』の前には『スパルタの海』(1983)が公開されていましたよね。これはあくまで想像なんですけど、戸塚ヨットスクールの時代のほうが、子どもを預けるまでに、お父さんやお母さんも相当追い詰められていたんじゃないかと思うんです。決して丸投げではなく、いろいろと向き合って、闘った末に、どうにもならなくなって預けるしかなかった。そういう状況だったんじゃないかと。だから、昭和の時代のほうが、今よりもずっと荒れていたような気がします。
(Q)もともと吉田監督の作品は、人間の心理描写に定評があります。シナリオはどういう風に書いておられますか?
(𠮷田監督)「シナリオの書き方に関しては、一緒に自主映画からやってた相方(故仁志原了氏)が居て、彼が舞台をやっていたから、その影響を受けてるなと思います。歳は俺の4つ上で、デビュー作の『机のなかみ』を一緒に書いて、『麦子さんと』『ばしゃ馬さんとビッグマウス』を一緒にやって、ちょうど10年前に45歳で亡くなっちゃったんです。それまでは一番よく会って、台本とはなんぞや、人とはなんぞやみたいなことを、開店から閉店までの居酒屋で2人でよく喋ってましたね。人の映画を観ても〝人って、ああはならない〟みたいな人間描写メインの会話でした。〝あのアクションは凄い〟とか、そういう会話は一切しない。そういうのを彼と10年くらいずうっとやっていました。今回の『四月の余白』は実体験ベースで、書きやすかったんですけど、『ミッシング』(2024)のように報道を題材にした作品では、報道の経験がない人間が一から調べるところから始めなければならないから、どうしても時間がかかってしまいます。本を読んだりしてザックリ書いてしまってから、答え合わせをしに本物の記者さんに会いに行くと、想像と違ってたりして・・・そこからが大変です。同じ記者でも人によって考え方が違うので、逆に言うと何でもアリじゃね?みたいな、自由度が出てきたりしました。今回の『四月の余白』も、施設に実際に行ったり、友達が働いている施設の話を聞いたり、というリサーチをしましたね。」
次回作『mentor』の公開も秋に控え、今年は良質の人間ドラマを撮り続ける𠮷田監督から、眼が離せない年になるだろう。
(写真・文/岩永久美)
〈ストーリー〉元半グレで元受刑者の過去を背負う西健吾(一ノ瀬ワタル)は、海の見える地方都市で全寮制更生施設「みらいの里」を運営している。実体験を糧に道を踏み外しかけた子供たちに体当たりで向き合うが、体罰も辞さない更生方針は教育関係者から批判されていた。
ある時、中学教師の冬子(夏帆)から手に負えない生徒の海斗(上阪隼人)と、鑑別所帰りの悠について相談を受ける。
2人に会った西は、一瞬で海斗の狂気を見抜いた。激しい家庭内暴力に疲れた母(占部房子)も息子を「みらいの里」に託すと決意するが、海斗は施設でも寮生とトラブルを起こして脱走。さらには傷害事件で逮捕されてしまった。
西は海斗の父(篠原篤)から責め立てられた。若い頃、西にリンチされ、左脚に障害が残ったというのだ。
記憶のない過去と向き合う西にできる贖罪は、海斗を更生させることだけ。「ひとは変われる」と信じて新たな取り組みに踏み出すがーー。
監督・脚本:𠮷田恵輔 音楽:世武裕子
出演:一ノ瀬ワタル/夏帆 上阪隼人 篠原 篤 占部房子/山﨑七海 和田 庵 髙田万作 松木大輔 小沢まゆ パトリック・ハーラン
配給:アークエンタテインメント © 2026 N.R.E.