「御名残五月大歌舞伎」
2026年5月2日~26日
大阪松竹座
この公演を観劇(5月7日)してから、少し経つ。従来なら、受け止めた感想をできるだけ早くアップするのだが、今回はそうならなかった。それというのも、この公演で大阪松竹座が「閉館」するからだ。1923年に開場、ネオルネッサンス風の外観が特徴的なこの劇場に来るのも最後?かと思うと、演目への感想とはまた別の気持ちが去来する。思い起こせば、映画館だった頃にも何度か入ったが、演劇専門の劇場に生まれかわった1997年3月以来、幸いなことにほとんどの公演を観ることができた、毎月1回はここに来るというのが、これまでの日常になっていたことに、1つのピリオドが打たれることになった…。気持ちを奮い起こして、公演の感想を記すことにする。

〈昼の部〉
◇「寿式三番叟」(ことぶきしきさんばそう)
節目ということで、格式高い御祝儀舞踊の代表作で幕開け。翁(中村又五郎が扮する翁、中村米吉の千歳の格調高い舞に続いて、2人の三番叟(中村歌昇、中村虎之介)が、ダイナミックに舞う。文楽なら「ちょっとひと休み」といったコミカルな動きもあるが、歌舞伎では一気に舞い、祝う〟
〈あらすじ〉能楽『翁』を題材に、天下泰平、五穀豊穣、国土安穏を祈る荘重な舞踊。

◇「源平布引滝 義賢最期」(よしかたさいご)
義賢を演じた片岡愛之助、見るからに「剛」の武士ではあるが、そこに秘められた「柔」の要素、苦悩をかいまみせる。
「戸板倒し」や「仏倒れ」といった歌舞伎独特の演出もみどころ。
〈あらすじ〉平家全盛の時代。源氏再興を密かに願う木曽先生義賢は、病で館に引きこもっています。そこへ百姓九郎助が娘の小万、孫の太郎吉を伴い、行方知れずの小万の夫・折平を訪ねてやって来ます。折平が源氏の武将・多田蔵人であることを見抜いた義賢は、平家打倒を志す本心を打ち明けます。そこへ平清盛の使者が来訪し、義賢の平家方への忠誠心を試そうとしますが、義賢はこれを斬り捨て、身重の妻葵御前と源氏の白旗を九郎助達に託すと、大勢の軍勢に戦いを挑み、壮絶な最期を遂げるのでした。

◇「鰯賣戀曳網」(いわしうりこいのひきあみ)
三島由紀夫が書き下ろした新作。というと、荘厳な作風をイメージするが、今作は御伽草子を題材に、笑いに包まれた作品。庶民が、身分違いの傾城を一途に恋するというのは、「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ」)にも共通する部分があるが、こちらはハッピーエンドでほっとする。中村勘九郎、中村七之助の兄弟が、その男女を演じるのだが、歌舞伎では当たり前のこととはいえ、自分の持ち味を存分に生かしての恋模様を。
〈あらすじ〉鰯売りの猿源氏は、都で一番と謳われる位の高い美しい傾城蛍火に一目惚れ。寝ても覚めても蛍火のことばかり考えて、仕事も手につきませ ん。見かねた父親のなあみだぶつは、一計をめぐらし、猿源氏を大名に仕立てのて廓へと向かいます。なんとか大名に化けたつもりの猿源氏でしたが、上機嫌で酔いつぶれて蛍火の膝枕で眠るうちに、寝言から鰯売りであることがばれてしまい…。

〈夜の部〉
◇「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」(おうみげんじせんじんやかた もりつねじんや)
片岡仁左衛門にとって、子役時代に出演、1997年3月の松竹座再開場で盛綱を演じた想い出深い作品。製作発表でも「松竹座の再開場で演じた時は、こんな大局の演目を一座の中で演じられたありがたさを感じました。あの時にご一緒した方々の多くはもういらっしゃらなくて、懐かしいですね。大好きな狂言です」と語っていた。
心情を優先した〝リアル〟な台詞回しはもちろん、無言でたたずむだけで人物像が浮かび上がってくる。
〈あらすじ〉源頼朝亡き後、源氏一族の争いに巻き込まれた近江国の名家、佐々木家の兄弟、盛綱と高綱は、鎌倉方、京方と敵味方に分かれて戦うこととなりました。盛綱の子息小三郎は幼いながらも初陣を飾り、高綱の子息小四郎を生け捕りにする大功を立てました。盛綱の陣屋では、盛綱が母の微妙に向かい、高綱が我が子可愛さから判断を誤らないように小四郎を討って欲しいと申し出ます。そこへ高綱の討死の報せが届き、間もなく北條時政が入来して高綱の首実検が始まります。盛綱が首を取り出すと、出てきた首は高綱ではなく贋首。しかし小四郎は父の後を追って切腹し…。

◇「心中月夜星野屋」(しんじゅうつきよのほしのや)
落語「星野屋」を題材とした新作歌舞伎。上方落語では「三両残し」「三円残し」「五両残し」という演題で演じられているが、どちらかというと江戸落語でおなじみ。それを落語作家の小佐田定雄が歌舞伎へ脚本化。強欲な母に中村鴈治郎が色濃く演じ、中村扇雀が上方和事に登場するような頼りない旦那を軽妙に。七之助のコメディアンヌぶりも光る。
〈あらすじ〉金の工面に困った照蔵から別れ話を切り出され、話のはずみで一緒に心中する約束をしてしまいますが、おたかには死ぬ気などさらさらありません。いよいよ心中の日、二人は吾妻橋へとやって来ます。おたかの母お熊の入れ知恵もあり、騙された照蔵だけが川へ落ちてしまいますが…。

◇「當繋藝招西姿繪」(つなぐわざおぎにしのすがたえ
芝居茶屋を舞台に、大阪松竹座の舞台を彩った「吉田屋」「封印切「車引」などの1場面をつなぐ構成。片岡仁左衛門が監修。
最後には出演者がそろって、「道頓堀に再び劇場を」を願っての大阪締め。緞帳が下りても、客席を立ち去りがたい観客。私もその1人だった…。
幕開けは、〈あらすじ〉1923(大正12)年5月に開場し、「道頓堀の凱旋門」として親しまれてきた大阪松竹座。1997(平成9)年3月に再開場後は、演劇専門劇場として生まれ変わり、歌舞伎をはじめとする多彩な舞台を上演してまいりました。

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