「鈴木順子「私は生きる」―脱線事故20年、記憶の軌跡―」
2026年3月27日からテアトル梅田、アップリンク京都
4月1日からヒューマントラストシネマ渋谷
〈3月27日の舞台挨拶レポート〉
TBSテレビとJNN系列局の記者・ディレクター達による取材とアーカイブから、今という時代を切り取ったTBSドキュメンタリー映画祭、2021年のスタートから今年で6回目を迎える。テアトル梅田での公開初日は『鈴木順子「私は生きる」―脱線事故20年、記憶の軌跡―』他1本の上映と舞台挨拶が行われた。
本作は、2005年4月25日に起こったJR福知山線脱線事故に遭遇した鈴木順子さんが、大怪我を負いながらも、病院から自宅に戻り、陶芸で作品展を開くようになるまでの20年間を追ったドキュメンタリー作品。鈴木さんは事故後、記憶障害に悩まされ、「何故(自分は)車椅子なんだろう?」と思うたびにメモを見て納得する、という日々を乗り越えて来た。作中には母親・もも子さんとのリハビリ風景や、親族の協力など、たくさんの人々の貴重な20年が描かれている。登壇したのは橋本佐与子監督と、鈴木順子さん、順子さんの母親の鈴木もも子さん。司会はMBSアナウンサー・西靖さん。
橋本監督は「当時私は、病院に入院している方の取材をしていました。そんな中で鈴木順子さんのことが新聞等で報道されて、順子さんとご家族の取材をしたいと思いながら、そのタイミングをずっと待っていました。事故から1年半経ったタイミングで、ニュースで長い特集をして放送したところ、当時のプロデューサーから、これは是非番組にしなさいと言われました。事故のことを伝えないといけないとは思っていましたが、自分が1時間の番組を作るなんて考えたことも無かったので、必死で作り、そこからいろんな関係を築いて行きました」と語り、もも子さんは、「あの時は恥ずかしいとか何とか、そういうことを抜きにして、本当に必死でした。毎日毎日人が来ていて、本当にたくさんの人に、今まで助けられていたんだなあということを、今日の映画を観て改めて感じました。泣き笑いの泥臭い人生を私達家族が受け止めて、引き受けていった20年で、私達の試練だったと思いますし、ハッピー・エンドで終わるみたいな形になっていますが、まだまだ人生は続くし、私も年をとります。これからどうなるのかな、と思っていますね」と感慨を口にした。司会の西靖さんが「理学療法士さんや近所の方など、生活そのものを支えてくれる人が大勢居らっしゃったと思います。でも、私達のような取材者もお邪魔するわけですよね。疎ましいと思われるような時は無かったですか?」と尋ねると、もも子さんは「事故現場からいきなり病院に運ばれて、私達は最初のうち、隔離されたような状態で過ごしていました。その中で情報が広がって行って、新聞社も全社が来られた。えらいことになったと思いましたし、それはしんどいことではあったんです。でも、いろいろな情報を持って来てくれるのが橋本さんであり、新聞社であり、様々な方との繋がりがそこから生まれました。忙しかったし大変なこともありましたが、一緒に乗り越えて来ていただいたな、と凄く感じるんです。みなさん、ずかずかと土足で入り込むようなことは無く、私達のことを支えて、見守ってくださってたんだなと、改めて思いますね」と答えた。そんなもも子さんの話を受けて橋本監督が「本当に嬉しいお言葉です。取材は家族の方には負担でしかないと常に思っているので、その負担を少しでも軽く感じてもらうには、どうしたらいいんだろう?といつも思っていました。何かちょっとお手伝いできないかという風に動いて、カメラに映り込んでしまい、カメラマンに「邪魔や」と怒られたり・・・。とにかく取材って、受けた側にも、良かったなと思ってもらえないと、やっぱり人間としてダメだなという思いがずっとありました。あと、もも子さんが「おなか空いてへんか?」と言ってくださって「大丈夫です」「食べるか?」「はい」となって、よく食べさせていただきました。その節は有り難うございました」と回想した。橋本監督が順子さんに、「私がずっと通っていたけど、ひつこい奴だな、と思ってませんでしたか?」とおどけて尋ね、順子さんが「後に残るんだろうな、と感じました。それが、嬉しいとか嬉しくないとか言うよりも、避けて通れない事実だな、と受け止めているんです。逃げられないというか、避けられないというか、立ち向かわないといけないと感じております」と穏やかな口調で答える場面もあった。最後に橋本監督は「情報があふれかえる番組が多い中、この映画はあえてその要素をそぎ落として作っているので、75分、没入していただくような感覚で観てもらえたら嬉しいなと思っております」と会場の観客にメッセージを送った。
2005年4月25日、兵庫県尼崎市でJR福知山線の快速電車がカーブを曲がりきれず脱線。1両目がマンションの地下駐車場にめり込んでしまう大事故となった。あの事故から21年が経とうとしている今、本作が上映される意味は大きい。TBSドキュメンタリー映画祭のテアトル梅田上映作品は、『鈴木順子「私は生きる」―脱線事故20年、記憶の軌跡―』ほか11作品。