「松竹新喜劇 陽春公演」
2025年4月19日~27日
大阪松竹座

昭和100年。その長い歳月で、多くのモノが年々アップデート、バージョンアップ、リニューアルしていく。そんななか、エンターテインメントの世界はすべてがそうではなく、演劇や演芸などは歴史を受け継ぎ、いまも息づいている。1948年に結成された松竹新喜劇は、劇団員に変遷はあるものの、「劇団のお宝」ともいえる名作を中心に、あえて時代設定を変えることなく、それでいて、そしていまも共感を呼ぶ人情喜劇。劇場に足を運ぶ年齢層が限定的?という大きな課題は残るが、そうした劇中の設定を〝寛大に理解〟して観ると、どんな世代にも訴える笑いと感動がある。さらに、今回は若手を軸にした配役ということで、懸命で愚直な舞台が心地よい。

◇「松竹新喜劇 陽春公演」
1940年、松竹新喜劇の前身でもある松竹家庭劇で初演された作品。2階に別の夫婦が「下宿」していること。娘ほど年齢の差がある妻と再婚したことが世間体が悪い。といった現代とは違う生活様式、感覚を前提にすると、登場人物のすれ違い、てんやわんやぶりが楽しめる。アドリブ?も交えて軽妙な掛け合いをする曾我廼家寛太郎のコメディーセンス。〈サバサバした性格〉の本物の二階の奥さんを演じた川並美弥生。純朴な田舎の女性に扮した戸田ルナと、熟練たちの個性がきわだつ。笑いの要素が強い作品ではあるが、ユキ子が真由美になんの気負いもなく、「お母さん」と呼ぶ瞬間もいい。
〈あらすじ〉小山吾平(曾我廼家寛太郎)は、愛媛に住む息子の照三(曾我廼家一蝶)の妻・ユキ子(戸田ルナ)より若い真由美(能勢優菜)と再婚したが、照れくささから、それを照三に報告できずにいた。ところがある日、照三夫婦から、瀬戸大橋の開業をきっかけに、自分の妻を連れて帰って来ると連絡があったから大慌て。二階の部屋を貸している坂野(山本喜楽)の妻・富子(川並美弥生)がしばらく留守にしているのを思い出した吾平は、真由美を二階の坂野の妻に仕立ててその場を乗り切ろうと計画する。しばらくして照三が妻のユキ子を連れて帰ってくるが、そこへ本物の“二階の奥さん”が帰って来る…。
作・茂林寺文福、脚色・高須文七、演出・川浪ナミヲ

◇「人生双六」
数ある名作のなかで、「お祭り提灯」と共に人気のある作品。1935年に松竹家庭劇で初演された。
これは推論なのだが…。歌舞伎や商業演劇、そして桂南光が落語で演じている「上州土産百両首」という作品がある。互いに掏摸(すり)から足を洗い堅気になろうとする兄弟分が、「5年後に会おう」と約束して再会するが‥という物語。原典はO・ヘンリーの「二十年後」で、話の流れが、「人生双六」に共通する部分が多い気がする。その証拠に、勝新太郎が兄貴分を演じた舞台では、彼の指名で弟分の役に藤山寛美が選ばれ、新歌舞伎座と松竹新喜劇の本拠地だった中座を掛け持ち出演したというエピソードが残っている。
その寛美が演じた宇田を孫の藤山扇治郎が。そして、再会する相手・浜本で田村ツトムが客演している。田村といえば、日本アカデミー賞最優秀映画賞に輝いた「侍タイムスリッパー」で心配無用之介を演じる時代劇スターに扮して注目の存在。併演の「二階の奥さん」ではタクシー運転手役で、「心配無用」を連発しているが、どうやらまだ観客には知れ渡りきっていないようで、ちょっと不発(笑)。ただし、「侍タイムスリッパー」の安田淳一監督によると次回作にも心配無用之介が登場するようで、まだまだ伸びしろ、ブレイクの可能性あり。
もう1人の主役と言えるのが、浜本の妻・真砂子。曾我廼家いろはが演じる真砂子は、夫を落胆させないためにと、宇田にこっそりとお金を渡す。ひとつ間違えると、「上から目線」とも錯覚されそうな行為だが、そっとお金を差し出し、宇田がそれを突き返す…という自然なやり取りに、温かさと哀しさが伝わり、ぐっとくる。
たまたま、客席斜め前に見知らぬ熟年男性が妻と観劇していたのだが、このシーンに鼻をクスッ。その後は涙が止まらずにハンカチで目を覆う様子に、私も共感。そこに、演技論を超えた芝居の醍醐味を感じた。
〈あらすじ〉大阪のとあるガード下。宇田信吉(藤山扇治郎)は、職を求めて大阪に出て来たものの、就職先は倒産、所持金も尽きて故郷に帰ることもできず、路頭に迷っていた。あてもなく夜の町をさまよっていると、同じく失業中の浜本啓一(田村ツトム)と出会う。浜本はたまたま大金を拾い、生活の苦しさからその金を自分のものにしようとしていたが、話をするうちに実直で純粋な宇田の人柄に感銘を受け、拾った大金を落とし主に返す決意をする。2人の間に友情が生まれ、5年後にこの場所での再会を誓い合う。そして、5年の時が流れ、約束の日がやって来た。
合作・茂林寺文福、舘直志、演出・曾我廼家八十吉
以上、うれしいことに予想を超える公演に思えた。課題は前述したように、それをもっとアピールする仕掛けだろうが、これはなかなか高いハードル。まだまだ劇団には、時代を超えても輝く「お宝」が眠っているだろし、その発掘を。さらに、〝新作〟では、先人たちがO・ヘンリーの短編や「ポケット一杯の幸福」などフランク・キャプラ監督作品にインスパイアされたように、「温故知新」にヒントがあるかもしれない。
写真 「人生双六」の1場面、左から田村ツトム、藤山扇治郎
(C)松竹

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