「令和7年4月文楽公演」
2025年4月5日~2025年4月30日
開演時間
第1部 午前10時30分(午後2時30分終演予定)
第2部 午後3時(午後6時終演予定)
第3部 午後6時30分(午後8時30分終演予定)
休演日 4月11日(金)、21日(月)
国立文楽劇場
フルマラソン42.195キロ完走後の気持ち良さを聞いてもさっぱり理解できない私ですが…芝居の始まりから終わりまで凡そ10時間の作品をひと息に味わった心地良さは、もしかするとそのマラソンの感想に近いのかもしれません。
2020年4月に予定されていた通し狂言『義経千本桜』が、5年の時を経てようやく国立文楽劇場で上演されています。
『義経千本桜』は、一目千本と表される吉野の桜の見事さと並ぶ武将源義経と、彼と戦場で対峙した平家の武将やその周りにいる人々の物語で、壇ノ浦の合戦後から始まります。描かれるのは親兄弟、愛しむ相手の死に直面する人々の姿です。
初段は、義経を助けるために娘を犠牲にする父親。
二段目は幼き安徳天皇を犠牲にすることを悲しむ乳母の典侍の局、そして一門の無念を晴らしたい平知盛。
三段目は平維盛親子を助けようとする釣瓶すし屋弥左衛門とその息子いがみの権太。親の報い、因果応報、運命の歯車の前に人はなす全てがないと突きつけられるような、などと分析は様々にできますが…ここで目撃するのは親が子を殺さねばならないその悲劇です。
そして四段目は義経家臣の佐藤忠信に化けていた源九郎狐によって肉親の情愛が切々と語られます。
三大名作の一つですが、国立文楽劇場での『義経千本桜』の本格的な通し上演は21年ぶり!
公演に足繁く通うようになって数年の私が通し上演と出会えたのは今回が初めて。二段目は1度も鑑賞したことがありません。
始まりから終わりまでを1日で味わうことで感じる作品世界が見てみたいとなるのです。
10時半開演・20時半終演(各部の入れ替え時間や休憩はあります)で見えた景色は…「体感5秒。もう一周出来る」でした。
実は途中までは「体感2時間、いや3時間」でした。が!四段目の最後、佐藤忠信実は源九郎狐が宙を駆けるときに変わりました。
舞台は一面桜色。桜で染め上げられた吉野山を空から眺めているようなセットです。
源九郎狐が初音の鼓を嬉しそうに抱えているとそこから桜の花びらが舞台に舞います。
雨乞いのために殺され鼓となった両親とようやく同じ時を過ごせるようになった源九郎狐の喜びがこの世に春を、幸せを振りまいてくれるようでした。
この人形を遣うのは桐竹勘十郎さん。舞台の右から出てきたと思えば次は左から。軽やかで重さを感じさせない動きは狐そのもの。
人が演じる歌舞伎と違い、人形浄瑠璃は人形を持ち変えるだけで「早替わり」が出来ます。しかし遣っている勘十郎さんがその瞬間に着物を替えているので、一瞬何が起きたのか、〝キツネにつままれた〟ような心地になります。
太夫、三味線、人形、各出演者が丁寧に紡ぎ続けた物語が幕切れ空を駆けていく源九郎狐(と勘十郎さん)で昇華されていくこの心地良さ!
マラソンというよりは駅伝のゴールのようです。
さて、今回初めて二段目を鑑賞し、順を追って物語を味わうことでこれまで文楽や歌舞伎で観ていて気にならなかったことが二つ気になりました。
まず一つ目。偽首が鎌倉に届けられている=壇ノ浦を生き延びたらしい平家の武将教経が登場するエピソードがないこと。初段でも度々名前が出され、四段目の『道行初音旅』でもその名が語られるのに、です。
そして二段目で知盛から義経に託された安徳帝のその後。実はこれらの伏線は上演が途絶えて久しい五段目でちゃんと回収されているのですね。八島(屋島)の合戦で義経を庇って果てた兄の仇である教経を佐藤忠信が源九郎狐の手助けを得て討ち、安徳天皇は母の建礼門院と再会し出家する。肉親をことごとく失った親子に平穏が訪れ、さらには義経も兄頼朝との対立を解消します。
悲劇の人々について「こうだったら良いのに」が詰め込まれた、歴史のIFが描かれる締めくくりです。
いつかここまでを文楽で鑑賞してみたいです。
さて、いま一度今回の上演時間を見てみましょう。
第1部 初段・二段目 10時半〜14時25分
第2部 三段目 15時〜17時58分
第3部 四段目 18時半〜20時半
この上演時間を映画と比べるなら『RRR』が約3時間なので3回分、『風と共に去りぬ』は約4時間なので2回分。『STAR WARS』シリーズ9作を一気に見るよりは短い時間ですね。
日を分けて各部ごとの物語をじっくり味わうも良し。
1日で、演者と共に完走するような心地を味わうも良し。
(三部通し割引のチケットは日を分けても購入できるのでご安心を)
ご都合に合わせて滅多に出会えない通し狂言『義経千本桜』の世界をご堪能ください。
【第1部】 6,700円(学生4,700円)
【第2部】【第3部】各 6,000円(学生4,200円)
【三部通し割引(同時購入限定★)】 17,000円
(税込・全席均一)