「みんな笑え」
2025年2月8日公開
大々的に宣伝もしていないのだが。落語家が主人公の物語なので観ておこう…と、正直言って大きな期待をしていなかったのだが、やはり映画は観ないとわからないもの。それが楽しい。
主演している野辺富三は50歳を過ぎた〈失礼ながら〉無名の俳優。とはいえ、蜷川幸雄演出の舞台に何度も立ち、そこで鍛えられた存在感は本物。そういえば「近松心中物語」幕開きの群衆シーンなど蜷川作品で観た覚えはある。そんな彼が扮する本名・大紋は、父であり師匠の名を継いだ江戸落語の噺家・勘太。風貌や存在そのものが、そのたたずまいを感じさせる。高座(浅草演芸ホール)では古典落語をあえて避けて、自分で作った「野球のベストメンバー」になぞらえた新作落語をかけ続けているが、これがどうもおもしろくない! 映し出される客席も退席したり、スマホを見たりと退屈そうだ。そんななか、「このネタは漫才に使える」と熱心に見ていたのは、売れない漫才師の希子。それを演じている辻凪子は(これも失礼ながら)私にとっては無名の女優だったが、その自然な振る舞いに驚いた。2024年、「凪の憂鬱」という主演作で高崎映画祭最優秀新進俳優賞を受賞した実績があるようで、これから注目しなくては。
こうした芸の世界の一方、主人公が父(渡辺哲)を介護する日々の暮らしも描きだす。だんだんと記憶が薄れていく父の姿がけっこうリアルに描かれていく。殻ら彼女らのほかにも、希子の母親役の片岡礼子をはじめ、登場人物が演技なのか素なのか?と思うほど自然で、どんどん物語に惹き寄せられていった。
さらに、勘太の高座と希子のステージとが交互に映し出される大詰め。そこでは新作ではなく、師匠ゆずりの「抜け雀」を演じる様子は、彼の半生そのものとだぶってきて胸が熱くなった。映画館での隣席にた若い男性は、どうやら途中から涙が止まらない様子、落語が「入り口」ではあるが、そのファンだけにとどまらず幅広い年齢層にも共感できる作品。少ない上映館から始まり、全国の映画館で上映されている「侍 タイムスリッパー」のように〈化ける〉可能性さえも感じた。
〈あらすじ〉人気もない、人望もない、野心もない、恋人もずっといない、50歳の最低な落語家、勘太こと太紋(野辺富三)。家に帰れば認知症によって引退した師匠である父(渡辺哲)の介護の毎日。そんなある日、売れない若手漫才師、希子(辻凪子)と出会ったことで太紋は自分の人生を見つめ直していく。落ちぶれた落語家の虚しい生き様を通して描く、落語と漫才、親と子をめぐる、熱くほろ苦い人間賛歌である。
〈キャスト〉野辺富三、渡辺哲、辻凪子、片岡礼子、今川宇宙、今野浩喜、和田光沙、杉本凌士
〈スタッフ〉監督・脚本・鈴木太一、プロデューサー・沖正人、ワダシンスケ
2024年 /日本 /105分 配給・ナミキリズム・
(C)2024 映画「みんな笑え」製作委員会
