「名もなき者 A COMEPLETE UNKNOWN」
2025年2月28日公開
「風に吹かれて」「時は変わる」など、ボブ・ディランを演じるティモシー・シャラメが吹き替えなしで歌うナンバーに〝あの頃〟を思い出した。青春時代、私も含めて多くの若者が懸命にコードを覚え、フォーク・ギターを抱えて歌ったものだ。しかも、当時〝あこがれのフォークシンガー〟たちも登場。ピート・シーガー(エドワード・ノートン)が歌う「私の国」、ジョーン・バエズ(モニカ;バルバロ)の「勝利を我らに」。さらに、伝記映画「わが心の故郷」(1976年)が製作されるほどのカリスマであるウディ・ガスリー(スクート・マクネイリー)の闘病生活も描かれるのだから、タイムスリップした気分に。さらに、そうした人たちの知らなかった半生、ディランとバエズとの恋などを、いまになって知ることもできた。言うまでもなく、アメリカではもっと知名度があるのだから、第97回アカデミー賞の作品賞、監督賞(ジェームズ・マンゴールド)、主演男優賞(ティモシー・シャラメ)、助演男優賞(エドワード・ノートン)、助演女優賞(モニカ;バルバロ)など8部門にノミネートされるのもうなずける。
この映画では、1960年代を舞台に、若い頃のボブ・ディランの半生を描いているが、〝セクセス・ストーリー〟というだけではない。前半部分は、ミネソタからニューヨークにやってきた無名のミュージシャンが〝スターの階段〟駆け上がっていく様子を描いている。才能が開花して評価されていくプロセスは観ていても心地いいが、そこに危険性もはらんでいる。彼には似つかわしくない華やかなパーティーに出席するシーンは痛みさえ感じる。このように、多くの人は、彼に「風に吹かれて」「時は変わる」などを歌う姿をイメージをダブらせる。しかし、ミュージシャン、アーティストにとっては「変化」するのは当然なのだが、それが「変節」と見られてしまう。実を言うと、私もそうで、彼の2度目の日本公演(1986年、大阪城ホール)では、フォークというよりロックコンサートのようで、知っているナンバーも少しで期待とは違っていた。
そうした「変化」「変節」の象徴が、フォークギター(アコースティック・ギター)からエレキギターの併用。映画ではクライマックスに、1965年に開かれた「ニューポート・フォーク・フェスティバル」を再現。〝コア〟なフォークソング・ファンが集うこのイベントで、ディランがとった行動、歌った楽曲は…。ただノスタルジックに浸るでけでなく、意思を貫く1人の人物を〝飾る〟ことなくストレートに描いている。
余談ではあるが、前述した楽曲ほどたっぷりとは登場しないが、当時の音楽シーンを暗示するシーンがある。例えば、「ニューポート・フォーク・フェスティバル」実行委員たちがPPMには出演オファーをしないといったセリフがある。PPMとはピーター、ポール&マリーという男性2人、女性1人のグループの略称。数々のフォークをカバー、どちらかと言うとメッセージ性よりもハーモニーに重点を置いたメロディは聴き心地がよく、それで楽曲を覚えて人も多いだろう。そういったポピュラリティが〝コア〟な人たちには敬遠されたのかもしれない。映画では、デュランが街を歩いている時、数人の若者がPPMのオリジナル曲「パフ」を口ずさんでいるシーンがあり、フォークの流れを暗示している。
もう1つ、ピート・シーガーがコンサートで「ライオンは寝ている」を歌う場面。ミュージカル「ライオンキング」の劇中歌としても使われいるように、アフリカの民謡がベースになっていて、なぜシーガーが?と思って調べてみると、「ズールー王国の最後の王シャカをライオンにみたてて、ヨーロッパがアフリカで植民地政策を進めた際の様子が描写されている」のだそう。そこにも、歌にメッセージを込めたフォーク・シンガーの自負を感じた。
〈ストーリー〉1961年、社会・文化が大きく変わろうとする激動の時代の中で、 何者でもなかった19歳の1人の青年は、様々な人々と出会い、魅力的なパフォーマンスと時代の心を掴んだ歌の数々で、一気にスターダムを駆け上がっていく。彼の存在は大きく時代を動かし、“フォーク界のプリンス”、若者の代弁者”として時代の寵児となっていくディランだったが、その栄光の日々の影には、誰もが心を揺さぶられる苦悩も隠されていた…。1965年7月25日、5日前に発表したばかりの新曲を携え向かった、ニューポート・フォークフェスティバルの舞台。ディランの手にはエレクトリック・ギターが握られていた…。
〈キャスト〉ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー
〈スタッフ〉監督:ジェームズ・マンゴールド 脚本:ジェームズ・マンゴールド&ジェイ・コックス
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
北米公開:2024年12月25日
原題:A COMPLETE UNKNOWN
コピーライト:©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.