「愛を耕すひと」
2025年2月14日公開
原題そのままのタイトルが多いなか、この邦題がいい。まさに、大地に1鍬(くわ)、1鍬入れるたびに、人と人との愛が芽を出して育っていく。そんな展開を、ときには残酷、むごい!と思えるほどのエピソード、描写を交えて、リアルに描いている。第96回アカデミー賞に国際長編映画賞デンマーク代表、第80回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に出品、そして、第36回ヨーロッパ映画賞3部門受賞というのもうなずける。
マッツ・ミケルセンが演じる主人公のケーレンは寡黙で信念を貫くキャラクター。土地を支配し、やりたい放題の地元の有力者、フレデリック・デ・シンケルと対立しながら、国王の領地である土地を耕していく。というと〝正義のヒーロー〟のようではあるが、ただただ〝いい人〟だけではないのがかえって魅力的。マッツは演じるにあたって、ニコライ・アーセル監督にそうした人物像にすることを提案したという。彼がイメージしたのは、映画「タクシードライバー」(1976年)だった。ロバート・デ・ニーロが扮した男は社会に反発し、ついに凶行に及ぶ〝悪人〟ではあるが、丁寧に彼の心情と足跡を追うことで、私も含めて共感も抱いた人が多い。この映画のケーレンも、ときには彼を慕う少女と、「大義」のために強引に別れるなど、非情な一面も見せる。そうした影の部分も描写することで、より立体的にその人物をとらえることができるわけ。そういった丁寧さが、登場するほとんどの人物にも言える。
なかでも、印象的だったのはアンマイ・ムスというタタール人少女。デンマークの人々とは違う風習、風貌のために偏見、差別を受けていて、アンマイは「不吉の子」とまで言われるのだった。ケーレンとアンマイは血縁はないものの親子ともいえる関係で、それが離別し、さらに再び…。時代や国は違うものの、「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンとコゼットにも通じる感動的なエピソードだ。というなか、強引に自分の土地だとして、周囲の人物やケーレンに横暴の限りをつくす有力者・フレデリック・デ・シンケルについては、〝非道な悪人〟としての描写がほとんどを占めていると感じた。欲を言えば、どうして彼はそうなったのか?そこをもう少し知りたい気はした。
〈ストーリー〉1755年、デンマーク。貧窮にあえぐ退役軍人のルドヴィ・ケーレン大尉(マッツ・ミケルセン)は、長年不可能とされた広大な荒野の開拓にひとり名乗りを上げる。そんな無謀な挑戦の理由はただひとつ。国王に敬意を表し、〈貴族の称号〉を得ることだった。 しかし、それを知った有力者のフレデリック・デ・シンケル(シモン・ベンネビヤーグ)は自らの勢力が衰退することを恐れ、その土地の所有権を主張し開拓を阻止しようと立ちはだかる。そして、彼のもとから逃げ出した使用人の女性アン・バーバラ(アマンダ・コリン)がケーレンのもとに身を寄せていることを 知り逆上すると、執念深いデ・シンケルの迫害はさらに残虐なものへとエスカレートしていく。 ある日、〝王の家〟と名付けたケーレンの家に泥棒が侵入する。犯人は、両親に捨てられたタタール人の少女アンマイ・ムス(メリナ・ハグバーグ)だった。肌の色が黒いことで“不吉な子”と虐げられるその 孤独な少女は、やがてケーレンとともに暮らすようになる。 襲い掛かる自然の脅威と非道なまでの仕打ちに抗いながら、彼女たちとの出逢いによって、頑なに閉 ざしていたケーレンの心に大きな変化が芽生えてゆく…。
〈キャスト〉マッツ・ミケルセン、アマンダ・コリン、シモン・ベンネビヤーグ、メリナ・ハグバーグ、 クリスティン・クヤトゥ・ソープ、グスタフ・リン
〈キャスト〉監督:ニコライ・アーセル 脚本:ニコライ・アーセル、アナス・トマス・イェンセン 原作:イダ・ジェッセン。
2023年デンマーク、スウェーデン、ドイツ 上映時間127 分
レーティング:G 字幕翻訳:吉川美奈子 後援:デンマーク王国大使館 © 2023 ZENTROPA ENTERTAINMENTS4, ZENTROPA BERLIN GMBH and ZENTR
配給:スターキャット、ハピネットファントム・スタジオ
