「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」
2025年1月31日公開
ワーナー・ブラザースの招きで試写を観た。
絵画に例えると極彩色の油絵から淡い水彩画へ。料理なら、ボリュームあふれるものから、野菜中心のあっさり系へ。「オール・アバウト・マイ・マザー」「トーク・トゥ・ハー」といった〝色濃い〟作品を生み出し続けてきたペドロ・アルモドバル監督の最新作は、ちょっと〝色合い〟が違っていた。
病に侵され安楽死を望む女性と、彼女に寄り添う親友のかけがえのない数日間を描いた作品。多くのシーンで2人の女性の会話が繰り広げられ、その場所は病院か森の中の別荘。という設定は、まるで舞台での会話劇(ストレート・プレイ)を観ているようだ。しかも、2人の会話は激論といったような〝派手〟なものではなく、淡々と展開していく。それでも、見入ってしまうのは、2人を演じたのが、マーサ役にティルダ・スウィントン(「フィクサー」でアカデミー助演女優賞)、イングリッド役をジュリアン・ムーア(「アリスのままで」でアカデミー賞主演女優賞)という演技力のある女優だから。
かつて、ニューヨークにある「ペーパー・マ ガジン」誌で働いていた2人。その後、マーサは戦場記者になり、イングリッドは小説家に。長年、会うことはなかったがマーサが癌に冒されていることを知り、イングリッドが見舞ったことで再会。安楽死を望むマーサの〝ドアの向こう〟で暮らすことになった。その距離感はことさらに励ますわけでなく、「ただそこに一緒にいること」。
闘病する人物をテーマにしたドラマは数えきれないほどあるけれど、ドラマチックな展開に涙があふれ出る…というものが多い。そんななか、この映画は病と闘うという生き方をことさら「前面に、声高」に訴えるのではなく、それをバックボーンに、それぞれに生き方が細やかに、淡々と描かれているのがいい。「悲しみ」というよりも、しみじみと「哀しさ」が伝わってくる。
アルモドバル監督の「オール・アバウト・マイ・マザー」では、母娘一緒に映画「イヴの総て」を観るという母の過去を暗示しているシーンがあるが、この作品でも、さまざまな映画が登場して、彼女たちの心情を暗示している。例えば、「ザ・デッド/「ダブリン市民」(1987年)。イングリッドが見舞った病室で、マーサは窓の外を見ながら、こう言う。「雪は降り続ける。寂しげな教会の墓地に降り続ける。世界中にかすかに降り続ける。まるで人生の終わりに近づくかのように生者と死者の上にかすかに降り続ける」。これは死を暗示する同映画の最後のシーンで、アンジェリカ・ヒューストン演じるヒロインの夫が語るセリフ。そのことによって、死をなんとか受け止めようとするマーサの揺れ動く心情が浮き彫りになる。
このほか、イングリッド・バーグマン主演の「イタリア旅行」(1953年)、さらに、現実を一瞬でも忘れ去ろうとするのか、バスター・キートンが決死のアクションに挑んだ「セブン・チャンス」(1925年)に爆笑するなど、2人の揺れ動く心情を、映画を介在にしても描かれていく。
「ドアを開けて寝るけれど もしドア が閉まっていたら私はもうこの世にはいない」というマーサ。そして、その時が…。その後のエピソードもいい。
〈ストーリー〉かつて戦場ジャーナリストだったマーサ(ティルダ・スウィントン)と小説家のイングリッド(ジュリアン・ムーア)は、若い頃同じ雑誌社で一緒に働いていた親友同士。何年も音信不通だったマーサが末期ガンと知った イングリッドは、彼女と再会し、会っていない時間を埋めるように病室で語らう日々を過ごしていた。治療を拒み自らの意志で安楽死を望むマーサは、人の気配を感じながら最期を迎えたいと願い、“その日”が来る時 に隣の部屋にいてほしいとイングリッドに頼む。悩んだ末に彼女の最期に寄り添うことを決めたイングリッド は、マーサが借りた森の中の小さな家で暮らし始める。
〈キャスト〉ティルダ・スウィントン、ジュリアン・ムーア、ジョン・タトゥーロ、アレッサンドロ・ニボラ、ファン・ディエゴ・ボト、ラウール・アレバロ、ビクトリア・ルエンゴ、アレックス・ホイ・アンデルセン、エスター・マクレガー、アルビーゼ・リゴ、メリーナ・マシューズ
〈スタッフ〉監督・脚本:ペドロ・アルモドバル 原作:シーグリッド・ヌーネス「What Are You Going Through」 製作:アグスティン・アルモドバル エステル・ガルシア 音楽:アルベルト・イグレシアス 撮影:エドゥ・グラウ(ASC, AEC) ■編集:テレサ・フォント(AMAE) ■美術:インバル・ワインバーグ ■製作補:バルバラ・ペイロ ディエゴ・パフエロ デビッド・カイガニック ■ライン・プロデューサー:セサル・パルディニャス ■サウンド:セルジオ・ブルマン ■衣装:ビナ・ダイヘレル ■メイク:モラグ・ロス ■ヘア:マノロ・ガルシア ■キャスティング(ヨーロッパ):エバ・レイラ ヨランダ・セラーノ ■キャスティング(ニューヨーク市):ジェラルディン・バロン サロメ・オーゲンファス ■製作年:2024 年 ■製作国:スペイン ■映倫区分:PG12 ■配給:ワーナー・ブラザース映画
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