「リアル・ペイン ~心の旅~」
    2025年1月31日(金)から公開
 
「ソーシャル・ネットワーク」で若き日のマーク・ザッカーバーグを演じて高評価を受け、近年は、製作、監督にも挑戦しているジェシー・アイゼンバーグが、監督、主演、脚本、製作を兼ねた一作。第40回サンダンス映画祭ではウォルド・ソルト脚本賞を受賞。いとこ同士の2人が、亡くなった祖母を偲ぶ旅に出るという、混とんとした世界情勢の根にある複雑な背景を見つめていて、私小説風だが実は、多分に政治的な佳篇だ。
ドラマは主人公デヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)とベンジー(キーラン・カルキン)が、空港で待ち合わせるシーンで始まる。2人は幼いころ仲が良かったものの、今は距離が出来ている中年のユダヤ系アメリカ人。日々の仕事が忙しいデヴィッドは、うつを患っているベンジーのことを気にかけていて、気分転換にポーランドのホロコーストツアーに誘った。
自分たちのルーツを訪ねる旅を満喫した後、デヴィッド達は、途中からツアー客と別れ、祖母が住んでいた家を訪ねることに決めていた。旅は快適だったが、快適であるがゆえに、ベンジーを憂鬱にしていく。そしてデヴィッドもまた、人知れず心の奥の痛みに苦しみ始める。
 おいしい食事付きホロコーストツアーの中で、違和感を訴えるベンジーにキーラン・カルキンが扮していて、この演技で第82回ゴールデングローブ賞®の映画部門で、助演男優賞を受賞している。過去の歴史とアイデンティティの結びつきを探る旅の中で、正直な気持ちを口にするベンジーのキャラクターは光っていた。ナチの虐殺の跡をめぐるツアーで、数字や名詞だけを並べたてるツアーガイドに、“ここで人間が生きていることを感じる旅がしたい”と考えるベンジー。彼の思想は、どこか今を生きる私たちに訴えかける普遍性がある。喪失や落胆の記憶と闘っているのは、必ずしもユダヤ人ばかりではないからだ。
シナリオを書いたのは、ポーランドにルーツを持つユダヤ系のジェシー・アイゼンバーグで、自身が妻とポーランドに旅をした時に、本作のアイデアを得たという。この時の体験はまず、戯曲として世に出た。そして、次の段階として映画が誕生したという経緯がある。
ジェシー・アイゼンバーグはコロナ禍の中、本国で公開された「沈黙のレジスタンス~ユダヤ孤児を救った芸術家~」で、パントマイム界の神と言われた、ユダヤ系のマルセル・マルソーを見事に演じた。同じユダヤ系として、取り組むべき作品であったこと以上に、「沈黙のレジスタンス~ユダヤ孤児を救った芸術家~」では、いつの時代も政治と無関係ではいられないエンターティナーという、自らの仕事の根幹に関わる題材と向き合った。が、作品は評価されたものの、俳優としては高評価を受けてはいない。演技を評価されるには、ある一定の範囲の批評家層に気に入られることが不可欠だ。加えて現代は評価を数値化するのが早い。芸術の価値は陳腐な数字に速やかに置き換えられてしまうのである。そこで、頭のいいジェシー・アイゼンバーグ監督は、時代の潮目が変わるのを待つことにしたのだろう。
劇中で素晴らしい訴求力を持つ台詞は、みんな主役のデヴィッドでなく、脇役のベンジーが喋っているところを見ると、ジェシー・アイゼンバーグ監督は自分ではなく、キーラン・カルキンにゴールデングローブ賞をとらせに行ったとみていい。キーラン・カルキンは天才子役として一時代を築いたマコーレー・カルキンの弟。兄の主演作「ホーム・アローン」でデビューしたが、昨年はTVドラマ部門の作品でゴールデングローブ賞®受賞、と評価の波が来ている。    
繰り返しになるが、キーラン・カルキンの今回の演技は心に残った。野球の監督に例えるなら、ジェシー・アイゼンバーグは元阪神タイガースの、岡田監督並みの采配をふるったと言えなくはないだろうか。現に、キーラン・カルキンは授賞式スピーチで、“(中略)・・・彼(ジェシー・アイゼンバーグ)は素晴らしい監督でありシーンパートナーなので、どんなカテゴリーでも彼と仕事をする機会がある場合は、飛びついた方が良いと思います・・・(中略)”(サーチライト・ピクチャーズ公式ニュースより抜粋)と、述べている。他にも、過去の共演で親交を結んでいる「哀れなるものたち」主演のエマ・ストーンが、今回、製作に名を連ねていることからも、ジェシー・アイゼンバーグが築いたソーシャル・ネットワークが、実を結び始めたところを私たちは目撃しているのである。
タイトルの“リアル・ペイン”とは何かについて、映画は具体的に答えを提示するといった無粋なことをしないが、ジェシー・アイゼンバーグ監督自身が歴史と真摯に向き合っているという印象が、本作を、そして背後に流れるショパンの調べさえ、特別なものにしている。
(2024年/アメリカ・ポーランド/90分)           
配給 ウォルト・ディズニー・ジャパン
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