「セプテンバー5」
2025年2月14日公開
東和ピクチャーズからこの映画の試写に招かれて、観ることができた。
アナログからデジタルへ、情報伝達の処理も速さも日々進歩するなか、その弊害も深刻になってきている。一方、国内外では融和どころか対立が進んでいる。
この映画は1972年9月5日、ミュンヘン五輪で起こったパレスチナ武装組織「黒い九月」による、イスラエル選手団の人質事件を描いた作品。悲惨な事件から半世紀を過ぎたけれど、平和の祭典であるべきイベントで起こった惨事という、あまりにも両極である出来事を鮮明に覚えている。その時、テレビで約1日にわたって延々と生中継されたのだが、私には1秒先の展開さえ予測できない現実はあまりにもつらく、途中からラジオを聴き続けることにした。そして、「人質は全員無事!」という一報に安堵したのだが…。それが一転、最悪の事態になった。
この事件は、スティーヴン・スピルバーグ監督による映画「ミュンヘン」(2005年)やドキュメンタリーなどいくつか製作され、昨年もNHK BSの「アナザー・ストーリーズ」でも取り上げられた。それらは、犯人や犠牲者そのものに焦点を当てた内容だったが、「セプテンバー5」はそれとは違う「視点」で描かれている。そうすることによって、事件の背景はもちろん、本来はスポーツ担当であった放送関係者が、生中継でどのように伝え、しかも「誤った情報」を流してしまったか、という現代におけるSNSなどの虚偽情報への提言にもなっている。
ミュンヘン五輪では、アメリカの大手ネットワーク局であるABCは他局との競争に勝ち、選手村に近い建物にスタジオを設営。スポーツ番組を得意とするスタッフたち連日、熱戦の様子を映し出していた。そこに飛び込んできた大事件。彼らはテレビの最も大切である「報道」という使命感に燃えていく。事態の推移で彼らの心境が変わっていく様子が、さりげない会話などで浮彫りになっていく。そうした男たちに交じって、大きな役割を果たすドイツ語通訳も兼ねるドイツ人女性がいた。故障した放送機器を修理する初老男性が何気なく、彼女に「コーヒーを入れて」という場面は当時(いまも)の女性の立場を物語っている。
全編95分のなか、ほとんどがスタジオでのやりとりで、「生中継」の形で実際の映像が映されていく。そして、事件は大詰めに。情報源があいまいななか、「人質全員は無事」が流布され、それを根拠にしてなのか地元ラジオも報道。これを聴いて確信したABCもそれを放送するという経緯。一件落着とビールを飲み歓談するなかで暗転!「全員が死亡」と残酷な終結を迎える。この流れはいまも同様で、さらに深刻なものにさえなっている。悪意を込めたものは論外だが、私たちは無責任、あいまいななかでそうした情報を流し、それが広がっていく。そういった視点でも見ごたえがあり、一石を投じる映画だ。
〈キャスト〉ジョン・マガロ、ピーター・サースガード、レオニー・ベネシュほか
〈スタッフ〉監督・脚本:ティム・フェールバウム全米公開:2024 年 11 月 29 日 原題:SEPTEMBER 5 配給:東和ピクチャーズ
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