2025年1月に、昨年10月にオーペンした小さな小さなカフェシネマ「土間シネマ」で「土を喰らう十二ヵ月」(2022年11月公開)を観た。
沢田研二が演じている主人公・ツトムは幼少期の数年間を禅寺に預けられた。その間に典座(修行僧たちの食事を作る係)を任されていたので、二十四節季に合わせて作る精進料理は旬の食材を使っていて、どれも、美味しそうである。例えば、啓蟄(3月)のほうれん草のおひたし、清明(4月)わらび、やまうど、タラの芽等の山の幸の白和え、小満(5月)の朝堀のタケノコの煮つけ等々挙げだしたらきりが無い。精進料理は、食材一つ一つに手間暇かけた下ごしらえは欠かせない。それにより、出来上がった料理は食材の持つ自然の風味が堪能できる。精進料理は肉や魚は使わない。また、自然の風味を引き出すためにうま味調味料なども使わない。
ツトムのように旬の自然の恵を薄味で食していれば、さぞかし健康的な生活を送ることが出来ると思いきや、ツトムが心筋梗塞を患ったのは意外だった。筆者が知り合いの栄養士に精進料理中心の薄味食生活でも心筋梗塞などの生活習慣病になるのかと聞いてみたら、意外な答えが返ってきた。精進料理は基本的に薄味だが、香の物は塩分が多く使われているとのこと。そういえば、劇中でツトムが義母を訪れた際、昼食として皿一杯の漬物だけをおかずにご飯を食したり、知人からもらった何十年も浸かった塩の塊の様な梅干しを美味しそうに味わうシーンがあったのを思い出す。筆者もツトムと同じく60代後半なので他人事とではなく、塩分の取りすぎには気を付けようと思った。それにしても、年を取ると、好きな物を腹いっぱい喰らうことが出来なくなるのは寂しいものだ。
この映画を、2024年10月にオープンした、下町風情が残る住宅密集地に隠れ家的な小さな小さなシアターカフェ「土間シネマ」で観た。大阪市の蒲生四丁目(通称・ガモヨン)にあり、大きな映画館では上映されないようなインディーズ映画を上映する座席数10人弱の小さな小さなシアターカフェ。館長の吉田直史(なおひと)さんにオープンの経緯やコンセプトを聞いた。
吉田さんは大阪芸術大学で映画関係の学科を卒業後、デザイン会社を経てインテリアの会社で11年間勤務した経歴の持ち主。もともと映画好きなので自宅を改装して専用のシアタールームを作ったが、いつの間にか近所の人が映画を見に来るようになった。それならいっその事、ミニシアターを作って多くの人に良い映画を見てもらおうと一念発起。会社を辞めてミニシアターをオープンを計画したが、もちろん周囲は大反対。それが逆に吉田さんのチャレンジ精神に火をつけ、さらに奥さんの後押しもありオープンに至ったという。
「土間シネマ」は「単なる映画を観る施設」ではなく「観た映画を通してのコミュニケーションができる空間」でありたいという吉田さん。上映後のカフェタイムには、友人や見知らぬお客さん同士で、映画の余韻に浸りながらお話しを楽しむことができる。また、映画の感想やその他コメントを書くメッセージノート、吉田さんが集めたレアな映画のパンフレットなども置かれてあった。映画を楽しめるのはもちろん、居心地のいい空気も味わえるスペースだ。
上映作品/時間・アクセスは次のホームページで確認できる。https://domacinema.com/・完全予約制。問い合わせメール:info.domacinema@gmail.com 所在地:大阪市城東区 今福西 4丁目 4-37
〈ストーリー〉信州の山荘で13年前に亡くなった妻の八重子の遺骨と暮らす作家のツトム(沢田研二)。彼のもとには、死別した妻の後輩の担当編集者であり、年齢の離れた恋人・真知子(松たか子)が時折、東京から訪ねてくる。その都度、旬の食材を2人で料理して一緒に食べる時間を楽しんでいた。 そんなツトムの平穏な日常は、近隣に一人で住む義母の突然の死によって微妙に変化してゆく。義母の葬式後に心筋梗塞がツトムを襲う。緊急搬送先の病院で一命を取り留めるが、命に係わる病はツトムの死生観に大きな影響を及ぼした。退院後、ツトムの身を案じる真知子が彼との同居を提案するが、ツトムは搬送中に感じた「死に対する底知れぬ恐怖」に関して思索を深めたいと、これを断る。死への恐怖と向き合うための術を得るために、ツトムは読書に没頭する。結果、「死神と仲良く付き合う」という思いに至った。死が避けられないのであれば、日々その陰に怯えて暮らしてゆくのではなく、最期の時が来るまでは今日という日を淡々と生きれば良い。ツトムは自分にいつ死が訪れてもいい様に、心残りであった妻の遺骨を近くの湖に散骨した。
死に関する思索に一区切りがついたので真知子に同居を打診するが、今度は、真知子が他の若い作家と結婚する事を理由に断られる。ツトムは、所詮、人は一人で生まれて、一人で死んでゆくものと残りの人生を独り身で過ごす決心をする。 夜、今日が人生最後の日と覚悟して「みなさんさようなら」と言って就寝するが、朝の目覚はやってくる。いつもの様に畑から食材を調達して料理する。朝食の膳を前に、「いただきます」と手を合わせる。
〈キャスト〉沢田研二、松たか子、西田尚美、尾美としのり、瀧川鯉八、檀ふみ、火野正平、奈良岡朋子。
〈スタッフ〉原案:作家・水上勉の料理エッセイ「土を喰う日々 わが精進十二カ月」。監督・脚本:中江裕司。料理・土井善晴