「本心」
     2024年11月8日公開
 ひとつ屋根の下に暮らしながら、何を考えているのかよく分からなかった母の秘密を、懸命に探っていく息子。AIの介在が、人と人のコミュニケーションを歪めていく様を描いた、ディストピア映画だ。
主人公は、工場で働く青年・朔也(池松壮亮)。ある日朔也の母(田中裕子)は、豪雨の中で川に落ちて死んでしまう。母親を助けられなかったことで苦しみ続ける朔也は、更に、母の秘密を知ることになり、衝撃を受ける。
 本作が描く2040年代の日本には、不穏なイメージがつきまとっているが、手塚治虫のSF漫画みたいな面白さがある。特筆すべきは、勤務していた工場が完全に機械化され、失業した朔也が就く、リアルアバターという仕事だ。この仕事はブラックで、暗いユーモアをまぶして描かれる。リアルアバター・朔也は、禅寺を撮って来いだの、海を撮って来いだのと、次々に送られてくる顧客の指示どおり、どこにでもはせ参じ、精神的に疲弊していく。
 直接人と会わなくても、仮想空間で会える時代を、アニメ監督の細田守は「竜とそばかすの姫」でポジティブに表現したが、本作の石井裕也監督は、正反対のメッセージを送って来る。コミュニケーションがデジタル化され、肉体的な労力を使わずに実行出来る時代は、誰を幸せにして誰を不幸にするのだろうか。主人公の不器用な葛藤が、不思議な重みを持って心に残り、誰の想像も裏切る近未来をのぞかせてくれる一作である。原作は「マチネの終わりに」「ある男」の平野啓一郎の「本心」。

(2024年/122分/日本)
配給: ハピネットファントム・スタジオ
©2024 映画『本心』製作委員会

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