市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿襲名披露 十月大歌舞伎
八代目市川新之助初舞台
2024年10月10日~26日
大阪松竹座
歌舞伎公演と言えば劇場入り口付近に、公演演目と出演俳優をイメージした
「絵看板」と呼ばれる大きな「歌舞伎絵」が掲げられるのが通例。しかし、今回の公演には、左右に十三代目市川團十郎白猿(以後、團十郎)、八代目市川新之助(同。新之助)の巨大な写真が掲げられ、ネオルネッサンス様式で洋風の松竹座玄関上には成田屋(屋号)の家紋「三枡」が鎮座。この公演に賭ける意気込みがうかがえた。團十郎が出演する演目の感想を記す。
〈昼の部〉
◇「通し狂言 雷神不動北山櫻」(なるかみふどうきたやまざくら)
「毛抜」「鳴神」「不動」の3演目はどれも歌舞伎の人気演目で、単独で上演されることが多いが、約280年前に二世市川團十郎がこれらを1つの演目として大阪で初演された、成田屋所縁(ゆかり)の通し狂言。当代の團十郎は海老蔵時代の2008年にこれを新たな構想と脚本で上演。天下を掌握しようという悪人やこれを防ごうとする善人、気が優しいやさ男、そして圧倒的な存在感がある不動明王とさまざまな境遇、性格をもつ5役を演じている。物語が複雑であるため、幕開きで團十郎自らが解説してくれるのは、観客にとってうれしいサービス。早替り、江戸歌舞伎を象徴する荒事、さらに空中浮遊まで登場して、團十郎の〝いろいろな姿〟と共に歌舞伎の魅力を〝凝縮〟されている。
「古典歌舞伎の再発見」を1つの使命だという團十郎。ただ引き継ぐというのではなく、そこにいまの観客がエンターテインメントとして味わえる「新しさ」「わかりやすさ」も追求。その表れとして、舞台全体の大スクリーンに乾ききった土地に鳥が飛び交う映像が映し出される。「鳴神」の世界をイメージさせようとする手法だろうが、鳴物などで状況を想像させる歌舞伎の世界だけに、若干〝わかりやすすぎる〟気もした。
〈あらすじ〉時は平安時代のはじめ。帝には早雲王子という後継者がいましたが、陰陽師の安倍清行は、早雲王子が帝位につくと世が乱れると予言します。そこで帝は高僧鳴神上人に「変成男子(へんじょうなんし)」の行法を命じ、妃が身ごもった女子を男子に変え、世継ぎを誕生させます。帝位継承の望みを絶たれた早雲王子は天下を覆す機会を狙い、鳴神上人を都から追放。しかし、この企みにより朝廷に恨みを抱いた鳴神上人が、京都北山の滝壺に龍神を封じ込めると、都は日照りとなって人々は旱魃(かんばつ)に苦しみ朝廷を悩ませます。文屋豊秀の家臣である粂寺弾正は、雨乞いに効力のある小野春道家の重宝「ことわりや」の短冊の行方を詮議しに、小野春道の館にやってきますが、そこで、春道の息女であり、豊秀の許嫁の錦の前の奇病を見事解決するのでした。
〈夜の部〉
◇連獅子
歌舞伎舞踊として、広く知られる演目。獅子が愛しい子をあえて谷底に落として這い上がるのを待つという設定は、親子の1つの関係としても暗示的。團十郎「本人(新之助)がやりたいと言ってきた」(團十郎)とうことで、親子での共演が実現、物語によけいに「説得力」がある。親子がダイナミックに毛を振り乱す「毛振り」が目に浮かぶが、前半部分は大きな動作がなく、目と目をみつまねがらの親子の掛け合い、情愛が伝わってくる。そして、勇壮で華麗な舞いは見どころたっぷり。團十郎の充実と新之助の成長に期待が膨らむ。
〈あらすじ〉文殊菩薩が住むといわれる霊地清涼山の麓の石橋で、の由来や、文殊菩薩の使いである霊獣の獅子が仔獅子を谷底へ蹴落とし、自力で這い上がってきた子だけを育てるという故事を踊って見せます。やがて満開の牡丹の花に戯れ遊び、親獅子の精と仔獅子の精が現れると…。
この演目のほか、◇幹部俳優が襲名を祝う「襲名披露 口上」。◇市川右團次らによる「義経千本桜 鳥居前」。◇松本幸四郎、中村鴈治郎、片岡孝太郎らによる「一條大蔵譚 奥殿」と、趣向の違う演目がそろった。
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