「五香宮の猫」
2024年10月19日
想田和弘監督最新作は、岡山県牛窓町にある神社・五香宮が舞台のドキュメンタリーだ。五香宮には猫が多い。みんな野良猫で、猫好きが世話をしている。
冒頭のシーンでは、ピンクの首輪を付けた猫が、監督の持つ大きなマイクにじゃれ付いている。この猫は、監督夫妻の家の中にわがもの顔で入って来たり、厚かましいことこの上ないが、実にチャーミングだ。
「PEACE」「牡蛎工場」「港町」など想田監督の作品には、たびたび猫が出て来たが、今回の猫はそれまでと違う角度から光が当てられる。猫達は何故そこに居るのか。どんな生活をしているのか。彼らをかわいがっているのはどんな人達で、逆に、嫌っている人達はどんな理由で嫌うのか。野良猫たちの世界を追いかけて、共存の秘密を探る「PEACE」の視点が、今度は人間を含めた大きな世界へと視野を広げていく。
あるシーンでは、野良猫達が子猫を生まないよう、去勢手術をする活動を、想田監督のカメラが捉える。銀色のケージに入れられ、おびえる姿。その中に1匹、「ヨヨイ、ヨヨイ」と人間のような声で鳴く猫が居る。この猫の存在は、言葉を持たない猫の世界と人間の世界の境界線をあいまいにして、観る者に猫の苦痛を、リアルに感じさせる。
猫を追う想田監督のカメラは、人間も追いかける。釣った魚を猫に分けてあげる釣り人。ボランティアで境内の花の世話をする人。神社で遊ぶ小学生。退職者や会社員や旅行者。監督は、五香宮周辺に集まる猫と人の関係性を探っていくのだ。
本作では監督が、劇中でちょっとしたインタビューを行なっていて、それが牛窓の町の土地柄を細やかに伝えている。五香宮周辺にやって来る人々の中でも、特にオープンな人たちは、監督に意見を投げかけたり、質問をしたり。映像の中でコミュニケーションが成立していくくだりは何だか楽しい。
想田和弘監督と妻の柏木規与子プロデューサーは、2021年に、27年暮らしたニューヨークから牛窓に引っ越す決断をした。つまり本作は監督夫妻が、牛窓のコミュニティに根を張っていく姿とも、重なっているのである。映画監督が自分達の町に住んで、映画を撮っている。町の人達も猫も、その奇妙な現象を受け入れていく。
町を台風が吹き荒れた日、冒頭シーンの猫が、想田夫妻の家の前にたどり着いて中に入り、安心して眠りこけるエピソードからは、何かを受け入れる、受け入れられるという、おおらかな関係性そのものの大切さが見えてくる。
ホッとさせるドキュメンタリーだが、ラストには毒がある。想田監督の作品のラストには、いつも大切なメッセージが凝縮されている。人間ってヤツはどうしようもないところがあると苦笑いさせられてしまう、辛口のラストシーン。これは観察映画10作品を撮り続けて来たからこそ出来たもの、想田監督の熟練の技が見えてくる1本である。
(2024年/日本/119分)
配給 東風
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