南座九月花形歌舞伎「あらしのよるに」
2024年9月4日~26日
京都・南座
12月3日~26日
東京・歌舞伎座
「かわいい!」と表現される犬や猫。「怖い!」と形容される虎や熊など、ひとことに動物と言っても、さまざまな〈生存するための多様性〉がある。この物語は、「かわいい」「心優しい」というイメージの山羊、「怖い」「獰猛」と色付けされている狼の友情物語。動物園で働いた経験もある、きむらゆういちが1994年に絵本として発表。対極の存在が心を通わせるという設定は、国家間の戦争や人種差別という問題も暗示していて、子供だけでなく大人にも読まれ、続編を含めて累計発行部数350万部を超えるベストセラーシリーズになっている。 そして2015年には中村獅童らの出演で新作歌舞伎になった。絵本を歌舞伎に、というと奇抜な発想にも思われるが、考えてみると昨今はアニメや2・5次元ミュージカルなど、いろいろなジャンルの作品を原作にしているものも多い。初演に続いて改めて観ると、この物語は歌舞伎にするのに無理がないと感じた。それも奇をてらうのではなく、「正統的」な歌舞伎手法を踏襲しているもがいい。
幕開き、狼たちのダイナミックな群舞に続いて、山羊たちの軽やかな舞。前者はどっしりとした太棹三味線での義太夫で。後者は細棹の長唄が奏でられることによって、視覚だけでなく聴覚でも動物の特性の違いが明確になっていく。狼たちが山羊たちに襲い掛かる場面は、様式美のなかにも「弱肉強食」の生々しさ、リアリティーも感じた。嵐の夜、避難するために真っ暗な山小屋で一夜を共にした狼のがぶと山羊のめい。翌日に再会したことで互いの「正体」を知るが、それでも友情が深まっていく。理屈でわかっていながらも、ときには「食べ物」としてめいを見てしまい葛藤する、がぶの苦悩もきっちりと描かれている。
そんな「許されない友情」」に反対し、その関係を壊そうとする者たち。そこには「曽根崎心中」などの古典。狼集団でのぎろの権力欲は、「伊達騒動」などのお家物、さらにはシェイクスピアの「ハムレット」「マクベス」にまでイメージが膨らんでいく。極めつけは雪が降りしきる中を逃げるかぶ、めいの姿は、歌舞伎でなじみの「道行」を踏襲している。余談ながら、「私を食べて生き延びて」というめいの言動は、手塚治虫の「ジャングル帝王」でのラストシーン。雪山でライオンのレオがヒゲおやじに「自分を殺して皮を剥ぎその毛皮を着て、肉を食べて生き抜いて」にまで夢想した。
このように、比較的シンプルな物語のなかに、自分なりのテーマを見出すことができる作品。ただし、心配なのは「淡い友情」?が深まる一方の2匹のいくすえ。友情なのか、愛情なのか、それならどうなる…。今後も再演を重ねると、いつかは「古典」になる可能性さえ秘めていると思った。
〈あらすじ〉ある嵐の夜、真っ暗闇の山小屋で偶然出会った狼のがぶ(中村 獅童)と山羊のめい(中村 壱太郎)は、お互いの素性を知らぬまま夜通し語り合い、「あらしのよるに」を合言葉に再会を誓います。嵐の過ぎ去った翌日、がぶとめいはお互いの姿を見てびっくり。がぶは山羊が大好物ですが、めいが言ってくれた「友達」という言葉がうれしく、山羊が大好物ということを隠して、2匹は友情を育んでいきます。一方、狼のぎろ(中村錦之助 )は自分の片耳を食いちぎった山羊に深い恨みをもっています。不思議の術を会得したおばば(市村 萬次郎)から片耳が元に戻る方法を教わり、がぶと一緒にいるめいを襲いますが、がぶはめいをかばって囚われの身となってしまいます。めいはがぶを助けようとし、その前にぎろが立ちはだかります。そこに仲間の山羊たちが現れ、狼と山羊が入り乱れての争いに。争いの最中、がぶとめいは雪深い山の中まで逃げますが、ついにぎろたちに追い詰められ…。
〈出演〉中村獅童、中村壱太郎、坂東 新悟、市村 竹松、市村 光、澤村 國矢、市村橘太郎、河原崎権十郎、河原崎権十郎、市村萬次郎、中村錦之助ほか。
原作・きむらゆういち。脚本・今井豊茂。演出・振付・藤間勘十郎。
写真=中村獅童(右)、中村壱太郎(左)
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