「ナミビアの砂漠」
2024年9月6日~テアトル梅田、TOHOシネマズ梅田ほか。
若く美しい女性が、口をポカンと開けて投げやりな感じで繁華街を歩いて来る。女友達と待ち合わせた後、喫茶店やホストクラブへ。さんざ遊んだ後、ボーイフレンドのホンダと待ち合わせ。帰って来るともう1人のボーイフレンド、ハヤシが彼女を待っている。なんだかとんでもない話が始まりそうなオープニングだ。
本作の主人公・カナは美容脱毛サロンで働く21歳。2人の男性と付き合っている。どっちが本命かは本人にもわかっていない。カナは家族や恋人といった、なにか依り所となる確かなものへの憧憬を抱いているが、実際に拠り所となる場所に入ると、そこへの帰属意識自体は極めて薄い人物だ。
ボーイフレンド2人のうち、どちらか良い方を選ぼうと天秤にかけるカナ。悪女の話かと思っていると、ほどなく彼女自身も、2人の男性から値踏みされ、利用されていることがわかってくる。つまりどっちもどっちなのだ。
カナがハヤシを選んで同居するようになったところで、「ナミビアの砂漠」のタイトルが入る。カナが好んで砂漠の動画を見ているシーンは伏線で、砂漠で水を飲むような生活が始まるのである。同棲し始めた途端、支配的になるハヤシだが、カナは互角にやり合って屈託というものがない。「お前!」と叫んで男性に掴みかかってゆくシーンのカナには、それをするだけの言い分があるのだった。脚本も手掛ける山中瑶子監督はそんな、悪女として、脇役としてなら、これまでも国際的な映画祭のステージに登場してきたカナのようなキャラクターを、主人公として物語の中心に据えている。
恋愛は夢で、結婚は現実だと言うが、事実婚という現実に立ち向かう武器として、狡猾さや頓智といった精神面の武器で(それらは時にメンタルDVにもなり得る危険性をはらむが)立ち向かうカナという人物は、モンキー・パンチ原作の「ルパン三世」で言えば、悪女系の峰不二子。トーベ・ヤンソン原作のムーミン・シリーズなら、いじわる系のミーをほうふつとさせる。しかし、悪女とそれ以外の女性、という奇妙な分け方自体、紛れもなくその国の文化に根ざすものである以上、文化が変化していけば分け方も変化する筈。山中瑶子作品を分水嶺として、どんな女性が悪女として描かれるか、という根本的なところが変わってしまう可能性があって愉快だ。
「由布子の天秤」への出演で、第95回キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞受賞の他、TVドラマでも活躍中の河合優実は、湿度のある演技で主人公を好演。自由奔放で、しかし、殺伐とした心理を抱えてもいる人間たちを描いた本作はちょっとショッキングでもあり、第77回カンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞した。
(2024年/137分/日本)
配給 ハピネットファントム・スタジオ
©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会